サービスという言葉は、日常生活のあらゆる場面で使われています。「この店はサービスがよい」「最近、行政サービスが充実してきた」「期間限定のサービス価格で販売する」といった表現は、どれも自然に聞こえます。しかし、これらの「サービス」は、同じ意味で使われているのでしょうか。

店員の応対が親切だったときに使う「よいサービス」と、宅配便のように荷物を届ける仕組みとしての「配送サービス」、商品の安さを強調する「サービス価格」は、実は性格の異なる表現です。ところが、私たちはその違いをあまり意識せず、ひとつの言葉でまとめています。

前田勇が2007年に刊行した『現代観光のホスピタリティ――サービス理論からのアプローチ』が取り組んだのは、まさにこの問題でした。日常的で誰もが知っているつもりの言葉を分析し、サービスに対する満足や不満が、何によって生まれるのかを明らかにしようとしたのです。

この分析から浮かび上がるのは、サービスの評価が、提供されたものの有無だけで決まるわけではないという事実です。利用者が何を当然と考え、どのような期待を抱き、ほかの人と比べて自分がどう扱われたと感じたかによって、同じ行為が喜びにも不満にも変わります。

Contents

1. 誰もが使える言葉だからこそ、意味が曖昧になる

「サービス」は専門家だけの言葉ではない

「サービス」という言葉の特徴は、特別な知識や資格がなくても使えることです。私たちは、飲食店、ホテル、交通機関、病院、行政窓口、学校など、さまざまな場所でサービスを経験し、その経験を通じて言葉の意味を学んでいきます。

たとえば、旅館で従業員が親身に相談に乗ってくれた人は、その対応を「サービスがよかった」と表現するかもしれません。一方、別の人は、予約が簡単にできたことや、荷物を預けられる仕組みがあったことを評価するかもしれません。さらに別の人は、料金が安く、予定していた以上のものを受け取れたことを「サービス」と呼ぶでしょう。

それぞれの表現は、日常会話としては十分に通じます。しかし、サービスについて一般的な理論を組み立てようとすると、問題が生じます。何を指して「サービス」と呼んでいるのかが、人によって違うからです。

身近な人同士なら、似たような経験を共有しているため、言葉の意味を厳密に定義しなくても話が通じます。しかし、異なる業種や地域、文化、世代の人々の経験を比較しようとすれば、言葉の意味を整理しなければなりません。

日常語には、明文化されていないルールがある

「サービス」という言葉は、法律や専門分野の定義だけで使われる言葉ではありません。誰もが経験に基づいて自由に使える一方、まったく無秩序に使われているわけでもありません。人々の間には、明文化されてはいないものの、何となく共有された使い方のルールがあります。

たとえば、店員が注文を聞き、料理をテーブルまで運ぶことを、多くの人は飲食店で普通に行われるサービスだと考えています。そのため、料理が運ばれてきたこと自体を、特別に「よいサービス」と評価することは少なくなっています。反対に、注文した料理がいつまでも届かなかったり、店員が客の存在に気づいていなかったりすれば、「サービスが悪い」という評価が生まれやすくなります。

つまり、同じ行為でも、それが「当然のこと」と考えられているか、「特別なこと」と受け止められているかによって、評価は変わります。

サービスを理解するには、実際に何が提供されたかだけでなく、社会の中で何が普通とされ、何が期待されているのかを調べる必要があります。サービスに対する評価は、提供者の行為だけでなく、利用者の経験や社会的な常識によっても形づくられているのです。

2. 「サービス」には二つの異なる用法がある

仕組みや活動が「あるか・ないか」を表す存在型用法

サービスという言葉の使われ方を整理すると、大きく二つのタイプに分けられます。

ひとつは、何らかの便益を提供する活動や仕組み、あるいはそのための場所が存在していることを表す用法です。これを「存在型用法」と呼びます。

「コピーサービス」「配送サービス」「アフターサービス」「サービスカウンター」などが、その代表例です。

コピーサービスという言葉は、コピーを無料で作成してくれることだけを意味するわけではありません。料金を支払って必要な枚数の複写物を作成する活動そのものも、コピーサービスです。同様に、配送サービスは荷物を届ける活動であると同時に、料金や配達地域などを定めた提供の仕組みを意味する場合もあります。

ここで問題になっているのは、基本的に、その活動や仕組みが存在するかどうかです。利用者が実際に満足したかどうかとは、いったん切り離して考えることができます。

たとえば、あるホテルが荷物の宅配受付を行っていれば、宅配サービスは「ある」といえます。受付の手続きが分かりやすいか、従業員の応対が親切か、荷物が予定どおり届くかといった問題は、さらに別の評価として検討されます。

提供のしかたを「よい・悪い」と評価する評価型用法

もうひとつは、サービスを提供する活動や仕組みそのものではなく、利用者が実際に受けた対応のしかたを評価する用法です。これを「評価型用法」と呼びます。

「このホテルはサービスがよい」「あの店はサービスが悪い」という表現が典型です。

こちらの用法では、客観的に活動や仕組みが存在するかどうかよりも、利用者が自分の経験をどう受け止めたかが重要になります。同じ店を利用しても、ある人は「親切で気持ちがよかった」と感じ、別の人は「説明が足りず、不親切だった」と感じることがあります。

評価型用法には、主観性と個別性があります。利用者の期待、過去の経験、利用した時間帯、同行者の有無、そのときの状況などによって評価が変わるからです。

たとえば、旅館で従業員が客の荷物を部屋まで運んだ場合、ある客は「丁寧なサービスだ」と喜ぶかもしれません。しかし、荷物を自分で運びたい客や、必要以上に干渉されたくない客にとっては、必ずしも好ましい対応とは限りません。提供された行為が同じでも、評価は一律ではないのです。

二つの用法を区別すると、サービスの問題が見えやすくなる

存在型用法

活動・仕組み・場所の有無を表す

例:「宅配サービスがある」「ホテルに荷物預かりの仕組みがある」

評価型用法

利用者が提供のしかたを評価する

例:「説明が丁寧で、サービスがよかった」「待たされたうえに応対も悪かった」

この区別によって、「サービスが存在すること」と「サービスの質がよいこと」を混同せずに考えられるようになります。

荷物預かりの仕組みがあっても、受付で長時間待たされれば、評価は悪くなるかもしれません。反対に、特別な設備がなくても、従業員が状況を理解して適切に対応したことで、利用者が満足することもあります。

サービスを改善する際には、そもそも必要な仕組みが欠けているのか、それとも提供のしかたに問題があるのかを分けて考えることが大切です。両者を混同すると、接客態度を改善すれば解決する問題に大規模な設備投資を行ったり、制度上の欠陥を従業員の努力だけで補おうとしたりすることになりかねません。

3. サービスの「存在」と「評価」は、どのようにつながるのか

まず存在を確認し、その後で評価する

二つの用法の基本的な関係は、サービスを提供する活動や仕組みが存在し、それを利用した後に評価が行われるという流れです。

たとえば、ホテルにルームサービスがあれば、宿泊客はその仕組みを利用できます。そして、注文した料理が適切な時間に届いたか、メニューは充実していたか、料金に見合う内容だったかなどを判断します。ここでは、サービスが存在することが、評価の前提になっています。

ただし、サービスの存在は、必ずしも肯定的な評価につながりません。仕組みがあっても、利用者の期待に応えられなければ「サービスが悪い」と受け止められます。逆に、利用者が期待していなかった仕組みや対応が存在すると、それだけで好意的な評価につながることもあります。

また、サービスがなければ、当然ながら、そのサービス自体の提供方法を評価することはできません。しかし、利用者が「あるはずだ」と考えていたサービスがなければ、提供者全体への評価まで下がる場合があります。

この点が重要です。利用者は、目の前のサービスを個別に評価するだけでなく、その有無を通して施設や企業全体の水準を判断することがあるのです。

「あるのが普通」になると、存在そのものは評価されなくなる

社会に新しいサービスが登場したとき、人々はその存在自体に驚き、便利さを評価することがあります。しかし、それが普及して当たり前のものになると、同じサービスがあっても特別な満足を感じなくなります。

たとえば、かつては珍しかった宅配サービスや各種の予約システムも、利用者がその便利さに慣れるにつれて、存在そのものが評価の対象になりにくくなります。今度は、配達の速さ、予約のしやすさ、手続きの分かりやすさなどが評価されるようになります。

これは、サービスに対する期待水準が時間とともに変化することを意味します。

以前なら「そこまでしてくれるのか」と感謝された対応が、やがて「それくらい当然だ」と受け止められるようになることがあります。サービスの水準が社会全体で高まる一方、利用者が当然と考える範囲も広がっていくのです。

そのため、企業や施設は、過去に高く評価されたサービスを維持するだけでは十分ではありません。利用者が何を普通と考えるようになったのかを把握し、期待の変化に応じて提供方法を見直す必要があります。

「あって当然」のサービスがないと、不満は大きくなる

利用者が当然あると考えていたサービスが提供されなかった場合、その欠如だけで否定的な評価が生まれることがあります。

ホテルであれば、予約時に案内されていた設備が使えない、荷物を預けることができない、必要な情報が得られないといった状況です。利用者にとっては、単に一つのサービスが欠けているのではなく、施設全体が期待を裏切ったという経験になります。

ただし、期待が常に妥当であるとは限りません。利用者が当然だと思っていることが、料金や提供条件、社会的な状況から見て適切とはいえない場合もあります。

たとえば、混雑する時間帯にタクシーがなかなかつかまらなかったとしても、それだけで運転手や業界全体のサービスが悪いとは断定できません。需要が集中していることや、利用可能な車両の数など、個々の接客態度とは異なる要因が関係しているからです。

一方で、事業者が顧客獲得のために過剰なサービスを提供し、それがいつの間にか利用者の「当然の期待」になってしまうこともあります。提供側が無理を重ねてつくり出した慣習が、後になって通常のサービス水準として求められるわけです。

したがって、サービスの評価を考える際には、利用者の期待に応えることだけでなく、その期待がどのように形成され、どこまでが妥当なのかも検討する必要があります。

期待していなかったサービスは、思いがけない満足を生む

反対に、利用者が予想していなかったサービスが提供されると、その存在自体が肯定的に評価される場合があります。

旅行先で急な雨に降られたとき、宿の人が傘を貸してくれた。タクシーに忘れ物をしたところ、運転手が届けてくれた。飲食店で困っている様子を見た店員が、頼まれる前に必要な対応をしてくれた。こうした経験は、利用者の予想をよい方向に超えるため、印象に残りやすくなります。

ただし、同じサービスでも、利用者が何を期待していたかによって評価は変わります。静かな時間を過ごすために訪れた旅館で、にぎやかな催しが行われていれば、提供側が「特別なサービス」と考えていても、利用者は不満を感じるかもしれません。反対に、利便性を重視するビジネスホテルでは、自動販売機やセルフサービス設備が歓迎されることもあります。

つまり、サービスの価値は、何かを追加すれば自動的に高まるわけではありません。利用者が何を望んでいるのか、どのような目的で施設を利用しているのかを踏まえることが重要です。

4. 「サービス商品」「サービス価格」は、なぜ誤解を招きやすいのか

「サービス」という言葉が、値引きやお得感を意味する

日本語では、「サービス商品」「サービス価格」という表現も広く使われています。これらは、一般に商品を安く販売することや、販売促進のために特別な価格を設定することを意味します。

この用法は、前述した「存在型用法」に属します。提供者が、ある商品や価格設定を用意していることを示す表現だからです。しかし、そこには通常のサービスとは少し異なる意味合いがあります。

「サービス価格」と聞くと、利用者は通常より安い価格や、お得な条件を期待します。ところが、その価格が本当にお得かどうかは、提供者が「サービス」と呼んでいるかどうかだけでは判断できません。比較対象となる通常価格が妥当なのか、値引きの理由が明確なのか、商品の品質や条件に違いがないのかを確かめる必要があります。

「サービス商品」も、特別に無料で提供される商品という意味ではありません。販売者が顧客の関心を集め、購買意欲を高めるために設定する目玉商品を指すことがあります。したがって、言葉の印象だけで、利用者にとって実際に利益のある取引だと決めつけることはできません。

売り手の主張と、買い手の評価は一致しない

販売者が「お買い得」と表示していても、購入者が同じように評価するとは限りません。

ここには、サービスの存在と評価の違いが表れています。売り手は「特別な価格を用意した」という事実を強調していますが、買い手は「その商品が自分にとって本当に価値のあるものか」を判断しています。売り手側の説明と買い手側の評価は、別々のものなのです。

また、値引きや特典は、誰に対しても同じ条件で提供されることが多く、利用者一人ひとりへの特別な対応とは異なります。価格が安いことに満足しても、店員の応対がよかったという評価が自動的に生まれるわけではありません。

この問題は、観光にも関係します。旅行会社が「お得な旅行商品」として販売していても、旅行者が期待する内容と実際の体験が食い違えば、不満が生じます。価格の安さを強調するだけでは、旅行全体の満足を保証できないのです。

価格の安さには、説明責任が伴う

安さそのものは、利用者にとって重要な価値です。しかし、何を理由に安くなっているのかが不明確であれば、かえって不信感につながります。

たとえば、宿泊料金が安い理由が、設備の簡素化なのか、食事が含まれていないためなのか、予約変更に制限があるためなのかによって、利用者の受け止め方は異なります。条件が事前に明示されていれば、利用者は自分の希望に合うかどうかを判断できます。反対に、安さばかりが強調され、重要な条件が伝わっていなければ、購入後に「期待していたサービスがなかった」という不満が生じるでしょう。

サービスの評価は、実際に提供されたものだけでなく、事前に伝えられた情報によっても左右されます。広告や案内は、単に商品を売るための手段ではなく、利用者の期待を形成する役割を担っているのです。

5. サービスの基本タイプと、言葉の使い方の関係

機能的サービスは「あるか・ないか」で捉えやすい

サービスの基本タイプという観点から見ると、活動や仕組みの有無を示す存在型用法は、機能的サービスと結びつきやすいといえます。

機能的サービスとは、利用者に必要な便益を提供する機能を中心としたサービスです。荷物を届ける、予約を受け付ける、料金を計算する、必要な設備を利用できるようにするといった活動が、その例に当たります。

これらのサービスは、仕組みが存在するかどうかを比較的明確に確認できます。宅配便の受付があるか、オンライン予約に対応しているか、必要な設備が設置されているかといった点は、具体的な事実として把握できるからです。

もちろん、機能的サービスでも、使いやすさや対応の正確さなどが評価されます。しかし、まず必要な機能が備わっているかどうかが、利用者にとって大きな関心事になります。

情緒的サービスは、提供のしかたが評価されやすい

一方、情緒的サービスでは、利用者に対する応対のしかたが重要な意味を持ちます。挨拶の仕方、説明の分かりやすさ、表情、声の調子、困っている人への配慮などが、サービス全体の評価を左右します。

このようなサービスは、単に存在していれば十分というわけではありません。挨拶が行われたとしても、相手を見ずに機械的に言葉を発しただけであれば、利用者は歓迎されていると感じないかもしれません。逆に、短い説明であっても、相手の状況を理解したうえで分かりやすく伝えられれば、よい評価につながることがあります。

ただし、情緒的サービスに関わる行為も、存在型用法で表現されることがあります。「従業員の挨拶があった」という言い方は、その行為が存在したことを示しています。つまり、存在型用法と機能的サービス、評価型用法と情緒的サービスが、常に一対一で対応するわけではありません。

ここで重要なのは、サービスの基本タイプが、提供されるサービスの性格を整理するための枠組みであるのに対し、用語法の分析は、人々が実際にそのサービスをどのような言葉で表現しているかを調べる方法だということです。二つの視点を組み合わせることで、サービスの仕組みと利用者の受け止め方を、より具体的に理解できます。

言葉の使い方は、時代や社会によって変わる

何を「サービス」と呼ぶのかは、社会の仕組みや生活様式の変化によっても変わります。

以前は特別な便宜と考えられていたものが、社会に普及することで、当たり前の機能へと変わることがあります。また、ある社会では当然と考えられる接客のあり方が、別の社会では必ずしも一般的ではないこともあります。

そのため、サービスという言葉の用法を分析する際には、ある時点の日本社会で見られた使い方を、そのまま世界共通の規則とみなすことはできません。言語の構造や文化的背景が異なれば、同じような経験を別の言葉で表現する可能性もあるからです。

サービスの基本的な仕組みを理論的に考えることと、実際に使われている言葉を調べることには、それぞれ異なる役割があります。理論は比較や一般化のための枠組みを与え、用語法の分析は、その枠組みが現実の経験や表現の中でどのように現れるのかを確かめる手がかりとなります。

6. 新聞記事と飲食店ガイドブックから見える「サービス」の意味

新聞の一般記事は、サービスの仕組みを伝える

新聞で「サービス」という言葉が使われる場合、サービスを提供する活動や仕組みを紹介する表現が多く見られます。新しい金融サービスの開始、百貨店による販売方法の工夫、購入後の修理などを行うアフターサービスの案内は、その典型です。

こうした記事では、サービスが新たに導入されたことや、提供方法が変更されたことが主な情報になります。そのため、存在型用法が中心になります。

一方、新聞の読者投稿欄では、サービスのよしあしをめぐる個人的な評価が前面に出てきます。ある人は公共サービスの不足を訴え、別の人は接客の質が低下していると批判するかもしれません。そこでは、同じサービスという言葉が使われていても、実際には仕組みの不足、利用者の期待、提供方法への不満など、異なる問題が語られています。

この違いは、サービスをめぐる言葉を分析するうえで興味深いものです。制度や事業を紹介する側は「何を提供しているか」を伝えようとし、利用者は「自分が何を経験し、どう感じたか」を伝えようとする傾向があるからです。

飲食店の評価では、料理だけでなく提供方法も問われる

飲食店の評価をめぐっても、サービスという言葉の多様な使い方が見られます。

1980年代には、飲食店の料理や味を詳しく評価するガイドブックが注目され、いわゆるグルメ・ブームが広がりました。前田勇が取り上げているのが、山本益博の『東京・味のグランプリ200』(1982年)です。実際に店舗を利用し、料理の味などを評価するという点で、従来の店舗紹介とは異なる性格を持っていました。

この種の評価で興味深いのは、サービスについての記述が、単に「よかった」「悪かった」という感想にとどまらず、具体的な行為を通して説明されていることです。

たとえば、料理を出す順序や温度への配慮は、料理そのものの価値と切り離せません。温かい料理は温かいうちに、冷たい料理は冷たいうちに提供するという基本が守られなければ、複数の料理を楽しめる仕組みがあっても、その魅力は十分に発揮されません。

また、注文した内容を正確に理解して提供することや、客の様子に応じた配慮を行うことも、サービスの評価に関わります。形式的に何かを提供すればよいのではなく、提供する内容と方法が、利用者の目的に合っているかどうかが問われるのです。

余計なサービスは、必ずしも喜ばれない

飲食店の事例には、サービスの有無だけで判断することの危うさも表れています。

寿司を食べに来た客が、頼んでいない味噌汁や漬物などを出されたことを不満に感じる場合があります。店側は親切のつもりで提供したとしても、客が求めているのは寿司そのものの品質であり、余計な品を出すことが歓迎されるとは限りません。

また、そば店でお茶を出すこと自体は好ましくても、つゆの扱い方など、料理を楽しむうえで重要な点への配慮が欠けていれば、客は不満を感じるかもしれません。

ここから分かるのは、「何かをしてくれた」という事実と、「よいサービスだった」という評価は同じではないということです。提供する側がサービスだと考えている行為が、利用者の目的や期待に合致していなければ、かえって満足度を下げることもあります。

サービスの改善とは、単純に提供するものを増やすことではありません。何が必要で、何が不要なのかを見極め、利用者が本当に価値を感じるものを適切な形で提供することなのです。

7. 大学生の体験記録から読み解く、満足と不満の正体

よいサービスは、思いがけない配慮や便宜から生まれる

前田勇は、大学生が実際に経験したサービスについて記述したレポートも分析しています。対象となったのは、宿泊、飲食、交通、流通、行政など、幅広い分野の体験です。よいサービスに関する事例と、悪いサービスに関する事例をそれぞれ抽出し、利用者が何を評価しているのかを調べています。

よいサービスの事例では、予想していなかった便宜を受けたことや、困ったときに助けてもらったことが、肯定的な評価につながっていました。

たとえば、試合に参加するために利用した旅館が、帰りの時間まで荷物を預かり、入浴もできるようにしてくれた事例があります。また、天候が悪くなった滞在先で、宿の経営者が宿泊客のために焼肉パーティーを企画し、旅行者の気分を明るくした例も紹介されています。

これらの事例に共通するのは、あらかじめ決められたサービスを提供したというだけではなく、利用者の状況に応じて便宜を図ったことです。利用者は、自分が困っていることを理解してもらえた、あるいは自分たちのために工夫してくれたと感じています。

ここでは、サービスの存在が肯定的な評価に直結しています。予想していなかった対応があったこと自体が、利用者にとって価値のある経験になったのです。

公平に扱われることも、満足を生み出す

もうひとつ重要なのは、利用者が分け隔てなく扱われたことへの評価です。

大学生の体験記録には、割引料金で宿泊していたにもかかわらず、丁寧に対応してくれたホテルの事例があります。利用者は、料金が安いことを理由に雑に扱われるのではなく、ほかの客と同じように尊重されたことを評価しています。

子どもに対する対応も、その一例です。子どもだからといって軽く扱わず、年齢や状況に配慮しながら、一人の客として丁寧に対応することが、強い満足につながる場合があります。

こうした事例は、個別化と公平性が必ずしも対立するものではないことを示しています。個別化とは、すべての人にまったく同じ対応をすることではなく、それぞれを独立した人格として認め、適切に対応することです。

同じ条件の利用者に対して、理由もなく対応の質を変えないこと。そして、必要な配慮がある場合には、その事情を理解して対応すること。この二つが両立して初めて、利用者は公平に扱われていると感じやすくなります。

悪いサービスは「当然あるはずのものがなかった」ときに生まれる

一方、悪いサービスの事例では、利用者が当然あると期待していたサービスが提供されなかったことが、不満の主な原因になっていました。

旅館で料金を支払っているにもかかわらず、布団の準備や食事の対応を客自身に任せられた例、タクシーで荷物を積み込む際に運転手の協力が得られなかった例、ホテル内のレストランで注文した料理がなかなか届かなかった例などが挙げられています。

こうした不満は、単に期待していた便宜が得られなかったというだけではありません。利用者は、支払った料金や施設の種類、過去の経験などをもとに、「この程度の対応は受けられるはずだ」と考えています。その期待と実際の経験にずれが生じることで、提供者全体への評価が悪化します。

ただし、利用者が当然だと思っていることが、必ずしもすべての施設で保証されるわけではありません。どのようなサービスが提供されるのかは、業態、料金、利用条件などによって異なります。重要なのは、提供者がサービスの範囲や条件を適切に説明し、利用者との間で期待のずれが生じにくい状態をつくることです。

不満は、他人との比較によってさらに強くなる

不満の原因として見逃せないのが、自分とほかの利用者との比較です。

たとえば、同じ料金所を利用したとき、別の場所では挨拶があったのに、自分が利用した場所では何も言われなかったとします。挨拶そのものは短い行為ですが、ほかの場所での経験を知っているために、「なぜ自分にはしてくれなかったのか」という不満が生まれます。

同様に、飲食店でほかの客には親しげに話しかけている店員が、自分には冷淡に対応したと感じられれば、単に無愛想な応対を受けた場合よりも、強い不満を抱くことがあります。

これは、前章で扱った「逆の個別化」と関係する問題です。同じような条件の利用者であるにもかかわらず、自分だけが粗末に扱われたと感じることが、不満や怒りにつながります。

サービスの評価は、提供者と利用者の一対一の関係だけで決まるわけではありません。周囲の利用者への対応が見える環境では、他人との比較も評価を左右します。接客の公平性を考える際には、目の前の客に対する対応だけでなく、ほかの客との関係の中でどのように受け止められるかにも注意が必要です。

8. 「お金を払っているのだから当然」という意識の広がり

利用者は、サービスを受ける権利を強く意識する

大学生の体験記録には、サービスをめぐる利用者意識の特徴も表れています。

「お金を払っているのに、なぜこんな対応をされなければならないのか」「客に対してそのような言い方をするのはおかしい」といった反応です。利用者は、料金を支払った以上、一定水準のサービスを受けることができると考えています。

この意識は、消費者としての権利を自覚することと結びついています。利用者が提供内容や接客の質を評価し、不適切な対応に異議を唱えることは、サービスの改善を促すきっかけにもなります。

しかし、問題は、どこまでが契約や社会的な慣習に基づく正当な期待で、どこからが過剰な要求なのかという点です。

料金を支払ったからといって、提供者があらゆる要望に応じなければならないわけではありません。サービスには、契約上の条件、人員や時間の制約、安全上のルールなどがあります。利用者の期待と提供可能な範囲が一致しない場合には、その理由を分かりやすく説明することが必要です。

接客における「最低限の配慮」も期待されている

利用者が求めているのは、必ずしも豪華な特典や特別な便宜だけではありません。挨拶をする、質問に答える、間違いがあれば謝罪する、待たせた場合には状況を説明するなど、基本的な応対も評価の対象になります。

大学生の記録では、挨拶がなかったことや、お礼の言葉がなかったことを不満の理由として挙げる例が見られます。設備や料理などに問題がなくても、応対が冷淡であれば、利用者は「大切にされていない」と感じることがあります。

ここには、機能的なサービスだけでは説明できない、対人的な評価の重要性があります。利用者は、必要な機能を提供してもらうだけでなく、自分がどのように扱われたかも判断しているのです。

もっとも、あらゆる場面で、笑顔や親しげな会話が求められるわけではありません。利用者が静かに過ごしたいと考えている場合や、プライバシーを重視している場合には、必要以上に話しかけないことが適切な対応になることもあります。大切なのは、決まった接客スタイルを一律に押しつけることではなく、その場の目的や条件に合った対応を行うことです。

サービスの水準が高まるほど、期待も広がっていく

サービスが普及し、社会の多くの人が日常的に利用するようになると、人々が当然と考えるサービスの範囲も広がります。

かつては特別な便宜だったものが、やがて通常の対応になり、それが欠けていると不満につながるようになります。こうした変化は、企業や施設にとって、サービスを継続的に見直す必要があることを意味します。

同時に、サービス提供者には、利用者の要求をすべて受け入れるのではなく、提供できる範囲を明確にし、適切な期待を形成する役割もあります。過剰なサービスを安易に提供し続ければ、従業員の負担が増え、将来的にその水準を維持できなくなる可能性があります。

サービスをめぐる問題は、利用者の満足だけを最大化すれば解決するものではありません。利用者にとっての価値、提供者の責任、従業員の働きやすさ、事業としての継続可能性を、同時に考える必要があるのです。

9. 2007年という時代から考える、サービス社会の変化

サービスが普及すると、評価の基準も変わる

2007年に刊行された『現代観光のホスピタリティ』が扱っているのは、サービス産業が社会の重要な部分を占め、人々が多様なサービスを日常的に利用するようになった時代の問題です。

当時すでに、サービスは一部の富裕層だけが利用する特別なものではなく、幅広い人々の生活を支えるものになっていました。交通、宿泊、飲食、流通、金融、行政など、生活のさまざまな場面でサービスが提供され、その質が企業や施設の評価を左右するようになっていたのです。

サービスの普及は、利用者の利便性を高める一方で、新たな課題も生み出します。多くの人がサービスを利用するようになれば、何が普通で、何が優れた対応なのかについて、社会的な期待も変化します。

この変化を理解するうえで、存在型用法と評価型用法の区別は重要です。サービスが存在すること自体が価値を持つ段階から、その提供方法や使いやすさが評価される段階へ、さらに個々の利用者への配慮が問われる段階へと、評価の重点が移っていく場合があるからです。

デジタル化が進む現代にも通じる問題

この考え方は、現在のデジタルサービスにも応用できます。

たとえば、オンライン予約システムが導入されたことは、存在型用法の観点から捉えられます。しかし、予約画面が分かりにくい、入力の途中でエラーが出る、変更や取消しの方法が見つからないといった問題があれば、利用者の評価は低くなります。仕組みが存在することと、その仕組みが使いやすいことは別の問題です。

また、デジタル化によって手続きが簡単になっても、すべての利用者にとって便利になるとは限りません。操作に慣れた人には使いやすくても、端末の操作に不慣れな人には難しい場合があります。問い合わせ窓口がなくなったり、担当者に相談できる機会が減ったりすれば、利用者は不便さや不安を感じるかもしれません。

この場合、問題は単に「サービスがあるか・ないか」ではありません。どのような人が、どのような条件で利用できるのか、困ったときに支援を受けられるのか、という提供方法の問題が重要になります。

したがって、デジタル技術を導入する際にも、機能の有無だけでなく、利用者の経験を踏まえて評価する必要があります。サービスの仕組みを高度化することと、利用者にとっての使いやすさを高めることは、同じではないのです。

サービスの問題を、従業員個人の努力だけに帰さない

サービスの評価が低かった場合、接客する従業員の態度だけが原因だと考えられることがあります。しかし、実際には、必要な人員が配置されていない、業務の仕組みが複雑すぎる、利用者に伝えるべき情報が不足している、サービスの提供範囲が明確でないといった、組織的な問題が影響している場合もあります。

たとえば、従業員が利用者を待たせてしまったとしても、原因が個人の怠慢にあるのか、注文を処理する仕組みに問題があるのか、繁忙時間帯の人員配置が不十分なのかによって、必要な改善策は異なります。

従業員に笑顔や親切な対応を求めるだけでは、仕組みの問題を解決できません。利用者が必要とするサービスを確実に提供できるように業務を整え、そのうえで、状況に応じた適切な応対ができる環境をつくる必要があります。

これは、サービスの存在と評価を区別することの実践的な意味でもあります。提供の仕組みを改善すべき問題なのか、対応方法を改善すべき問題なのかを見極めることで、適切な対策を選びやすくなります。

10. 「よいサービス」を考えるための視点

サービスの有無と、提供方法の良否を分けて考える

「サービスが悪い」という一言には、さまざまな問題が含まれています。必要な仕組みが存在しないのか、提供された内容が期待に届かなかったのか、従業員の応対が不適切だったのか、ほかの利用者と比べて不公平に扱われたと感じたのかによって、問題の性質は異なります。

必要なサービスがない場合には、仕組みの新設や提供条件の見直しが必要かもしれません。仕組みは存在するものの使いにくい場合には、手続きや案内の改善が求められます。接客の方法に問題がある場合には、知識や技能の向上、業務手順の見直し、従業員が適切に対応できる環境づくりなどが考えられます。

サービスに対する不満を具体的に分析することは、単に苦情を分類するためだけの作業ではありません。何を変えれば利用者の経験が改善するのかを明らかにするための出発点です。

利用者の期待を理解しながら、適切なサービス水準を設計する

利用者の期待は、個人の好みだけで決まるものではありません。過去に受けたサービス、広告や案内の内容、社会に普及している標準的な対応、他の施設での経験など、さまざまな要因によって形成されます。

そのため、サービスを提供する側には、利用者が何を期待しているかを把握するとともに、提供できる内容を明確に伝える責任があります。期待を理解せずにサービスを設計すれば、提供者がよかれと思って用意したものが、利用者に評価されない可能性があります。

一方、利用者の要求を無制限に受け入れれば、サービスの提供体制が維持できなくなることもあります。どのようなサービスを、どの条件で、どの水準まで提供するのかを明確にし、利用者と提供者の双方が納得できる関係をつくることが重要です。

人を尊重する対応と、仕組みの確実性を両立させる

よいサービスを考えるうえでは、機能的な側面と情緒的な側面の両方が重要です。必要な機能が確実に提供されなければ、親切な言葉だけでは利用者の問題を解決できません。一方、必要な機能が提供されていても、説明が不十分だったり、利用者を尊重しない対応が行われたりすれば、不満につながる場合があります。

たとえば、ホテルで予約情報が正確に管理されていることは、サービスの機能的な基盤です。しかし、予約内容に行き違いが起きたとき、利用者の話を聞き、状況を分かりやすく説明し、可能な対応策を示すことも欠かせません。

仕組みの確実性と、人に対する適切な配慮は、どちらか一方を選ぶものではありません。サービスの種類や利用条件に応じて、両者を適切に組み合わせることが求められます。

おわりに――サービスという言葉を分解すると、満足の仕組みが見えてくる

サービスという言葉は、私たちにとってあまりにも身近です。しかし、その身近さゆえに、異なる意味が一つの言葉にまとめられ、問題の所在が曖昧になることがあります。

サービスには、活動や仕組みが存在することを示す「存在型用法」と、提供のしかたを利用者が評価する「評価型用法」があります。両者を区別すると、必要な仕組みがあることと、その仕組みが利用者にとって満足できる形で運用されていることが、別の問題であると分かります。

また、サービスの評価は、利用者の期待によって大きく変化します。予想していなかった配慮が喜びを生むこともあれば、当然あると思っていたサービスが欠けているために不満が生じることもあります。さらに、他の利用者との比較や、自分が尊重されているという感覚も、評価を左右します。

2007年という時点から見ても、サービスの仕組みが普及するにつれて、人々の期待が変化し、評価の基準が移り変わっていくという問題は重要です。そして、デジタル化やサービスの多様化が進んだ現在でも、この基本的な構造は変わりません。

サービスの改善とは、何かを追加したり、従業員に親切さを求めたりすることだけではありません。利用者が何を必要とし、何を当然と考え、どのような経験を通して満足や不満を感じているのかを、具体的に理解することから始まります。

「サービスがよい」という言葉を、そのまま結論にしてしまうのではなく、何が存在し、どのように提供され、なぜそのように評価されたのかを問い直す。その分析によって初めて、利用者の満足を高めるために本当に必要な改善が見えてくるのです。