同じホテルに泊まり、同じ料金を支払い、同じような設備を利用しても、「また来たい」と感じる人もいれば、「もう利用したくない」と感じる人もいます。レストランで注文した料理が予定どおりに運ばれてくることと、店員がこちらの様子を見て自然に声をかけてくれることも、どちらもサービスに含まれますが、その性質は同じではありません。

サービスの質を考えるとき、私たちはしばしば「便利だった」「不便だった」「親切だった」「感じがよかった」といった言葉を使います。しかし、こうした評価は、実は異なる対象について述べています。必要な便益が提供されたかどうかという問題と、どのような態度や方法で提供されたかという問題が、一つの「サービス」という言葉の中に共存しているのです。

前田勇が『現代観光のホスピタリティ――サービス理論からのアプローチ』(学文社、2007年)で展開したサービス理論の重要な特徴は、この違いを整理し、利用者がサービスをどのように評価するのかを説明しようとした点にあります。サービスを単に「親切な接客」と捉えるのではなく、便益を生み出す機能と、その便益を提供する際の人間的な対応に分けて考えるのです。

この視点は、観光業だけでなく、交通、金融、医療、福祉、行政、教育など、さまざまな分野に応用できます。利用者が何を必要としているのか、どのような場面で満足や不満が生まれるのかを理解すれば、サービス改善の方向も具体的に見えてきます。

Contents

1. サービスとは何か――「はたらき」と「やり方」

サービスという言葉が持つ二つの意味

日常生活で使われる「サービス」という言葉には、もともと複数の意味があります。仕事や事業、施設など、何らかの便益を提供する活動や仕組みを指す場合もあれば、相手に対する応対や、その応対の仕方を指す場合もあります。

たとえば、「宅配サービスがある」という表現では、荷物を届ける仕組みが存在することが意味されています。一方、「宅配のサービスがよかった」という表現では、荷物が丁寧に扱われたか、配達員の応対が感じよかったかなど、利用者が実際に受けたサービスへの評価が含まれます。

前者はサービスの活動や仕組みが存在するかどうかという問題です。後者は、そのサービスを利用した人が、提供のされ方をどう評価したかという問題です。同じ言葉を使っていても、話題にしている対象が異なります。

この違いは、観光サービスを考える際にも重要です。ホテルに宿泊予約の仕組みがあることと、その予約手続きが使いやすいことは別の問題です。レストランに料理を提供する仕組みがあることと、店員が気持ちよく応対してくれることも同じではありません。

サービスを分析するには、まず「どのような便益を提供する仕組みなのか」と「その提供のされ方はどう評価されるのか」を分ける必要があります。

経済活動としてのサービス

経済学の観点から見ると、サービスは、モノそのものを生産して渡すこととは異なる形で、人や組織に便益をもたらす活動として捉えられます。交通は人を目的地まで運び、金融は資金の移転や管理を支え、医療は診断や治療を通じて健康上の便益を提供します。宿泊業は旅行者に休息や滞在の場を提供し、飲食業は食事を提供します。

こうしたサービスには、人間が直接関わる度合いに大きな違いがあります。専門知識を使って相談に応じる仕事のように、人間の判断や働きかけが中心となるものもあれば、設備や仕組みを通じて便益を提供するものもあります。

サービスの形態は、大きく三つに分けて考えられます。

第一は、人間の行為そのものが中心となるサービスです。弁護士による法律相談、カウンセラーによる相談援助、家事支援などがその例です。利用者が得る便益は、主として提供者の知識や行動によって生まれます。

第二は、商品や物財を提供することに伴って行われるサービスです。店舗で商品を販売する際の説明や、飲食店で料理を注文に応じて提供することなどが該当します。物を提供することと、それに伴う人間の行為が結びついています。

第三は、物財を提供する際に、必ずしも必要ではないものの、追加的に行われるサービスです。商品を特別に包装する、利用者の事情に合わせて説明を工夫する、希望に応じて付加的な便宜を図るといった行為が考えられます。

接客のよしあしが問題になるとき、私たちが注目しているのは、こうした追加的な対応であることが少なくありません。商品や料理そのものは問題なく提供されていても、説明の仕方や受け答えが不適切であれば、利用者は不満を感じることがあります。

サービスは「何をしてくれたか」だけでは決まらない

サービスの評価には、提供された便益だけでなく、提供の仕方も影響します。

たとえば、ホテルでチェックインをするとき、予約内容が正確に確認され、客室の鍵を問題なく受け取れれば、宿泊に必要な基本的な機能は果たされています。しかし、受付担当者がこちらの話を聞かずに事務的に手続きを進めた場合と、必要な情報をわかりやすく説明しながら対応した場合では、利用者の印象は異なるでしょう。

同じ便益を受け取っていても、提供の仕方によってサービス全体への評価が変わるのです。

この点を理解すると、「サービスの質を高める」という目標が、単に業務を速くしたり、設備を充実させたりすることだけではないとわかります。必要な便益を確実に提供することに加えて、利用者がどのような経験をするかにも目を向けなければなりません。

2. 機能的サービスと情緒的サービス――サービスを構成する二つの側面

「はたらき」としての機能的サービス

サービスの第一の側面は、利用者に何らかの便益をもたらす「はたらき」です。前田の理論では、これを「機能的サービス」と呼びます。

電車が時刻表に沿って運行されること、銀行で必要な送金手続きができること、ホテルで安全に宿泊できること、医療機関で必要な診察や治療を受けられることなどが、機能的な側面に当たります。

機能的サービスは、比較的客観的に確認できる点が特徴です。電車が目的地まで運行されたか、予約した部屋が用意されていたか、必要な手続きが完了したかなど、提供された便益が存在するかどうかを判断しやすいからです。

もちろん、機能的サービスにも品質の差があります。電車が運行されていても大幅に遅延すれば、利用者の利便性は低下します。宿泊施設が部屋を提供していても、清掃が不十分であったり、設備が正常に使えなかったりすれば、期待した便益は十分に得られません。

そのため、機能的サービスを改善するには、設備、手順、情報、技術、人員配置などを適切に整え、必要な便益を安定して提供することが求められます。

「やり方」としての情緒的サービス

第二の側面は、便益をどのような方法で提供するかという点です。前田はこれを「情緒的サービス」と呼びます。ここでいう情緒的サービスは、単に感情を扱うサービスという意味ではなく、提供者の応対の仕方が利用者の受け止め方や印象に影響する側面を指しています。

たとえば、ホテルの受付で同じ説明を受ける場合でも、相手の話を聞き、わかりやすい言葉で説明する担当者と、目を合わせずに早口で説明する担当者とでは、利用者が抱く印象は異なります。どちらも必要な情報を伝えていたとしても、対応の仕方が違えば、サービス全体への評価は変わり得ます。

情緒的サービスの特徴は、評価が利用者の感じ方や状況に左右されることです。ある人は親しみやすい会話を好みますが、別の人は必要な説明だけを簡潔に受けたいと考えるかもしれません。冗談を交えた応対が歓迎される場面もあれば、静かで落ち着いた対応が望まれる場面もあります。

したがって、情緒的サービスには、すべての利用者に同じ方法で接すれば必ず高評価を得られる、という単純な基準はありません。提供者は、相手の様子や状況を見ながら、適切な対応を考える必要があります。

二つの側面が組み合わさって、サービスの評価が生まれる

機能的サービスと情緒的サービスは、実際のサービス場面では相互に関係しています。利用者は、必要な便益が提供されたかどうかだけでなく、その提供のされ方も含めて、経験全体を評価するからです。

この関係を理解するために、ホテルでのチェックインを考えてみましょう。

予約した客室が確実に用意されていることは、機能的サービスの重要な要素です。一方、手続きがわかりやすく、質問にも丁寧に答えてもらえることは、情緒的サービスの側面に当たります。客室が用意されていなければ、いくら笑顔で応対されても、サービス全体への評価は大きく損なわれます。反対に、予約どおりの部屋に泊まれたとしても、応対が冷淡で不快なものであれば、「よいサービスだった」と感じにくいことがあります。

この理論では、利用者が「よいサービスだった」と評価するためには、機能的な便益と、それを提供する際の対応の仕方の両方が重要だと考えます。

機能的サービス:何をしてくれたか

必要な便益が提供されたか、設備や手続きが適切に機能したか、利用者の目的が達成されたか。

情緒的サービス:どのようにしてくれたか

説明や応対が適切だったか、利用者が自分に向けた対応だと感じられたか、安心感や不快感が生じたか。

この区別は、サービスの問題を改善する際にも役立ちます。「接客が悪い」という漠然とした苦情が寄せられた場合、実際には説明内容が不正確だったのか、手続きが遅かったのか、言葉遣いや態度が不快だったのかによって、必要な改善策は異なります。機能と対応の仕方を分けて考えることで、問題の所在を明確にできるのです。

3. サービス事業には三つの基本タイプがある

機能的サービスが中心となる事業

サービスを構成する二つの側面に注目すると、サービス事業は、機能的サービスと情緒的サービスの組み合わせ方によって、大きく三つのタイプに分けられます。

第一は、機能的サービスが中心となるタイプです。電気やガスなどの公益サービス、公共交通などが代表例として挙げられます。利用者が求めているのは、必要な便益が安定して提供されることです。

電気を使いたいときに電気が供給されること、バスが目的地まで運行すること、通信回線を通じて情報を送受信できることが、まず重要になります。利用者は、担当者の話し方や表情よりも、必要な機能が果たされているかどうかを重視する傾向があります。

もちろん、こうした事業でも職員の応対が問題になることはあります。駅員の案内がわかりやすければ助かりますし、窓口で冷淡な対応を受ければ不快に感じることもあるでしょう。しかし、サービスの基本的な価値は、必要な便益が提供されることにあります。

このタイプでは、評価に「便利」「不便」という言葉が使われやすくなります。利用者にとって、サービスが必要なときに利用でき、目的を達成できることが中心的な評価基準になるからです。

情緒的サービスが中心となる事業

第二は、情緒的サービスが中心となるタイプです。前田は、バーやクラブなど、利用者への直接的な応対が事業の中心となるサービスを代表例として挙げています。

このタイプでは、利用者に提供される便益が、設備や物品だけで明確に説明できるわけではありません。担当者がどのように接してくれるか、会話が心地よいか、自分に合った雰囲気で過ごせるかといった要素が、サービスの価値を大きく左右します。

利用者が感じる満足は、個人の好みや期待によって変わります。ある人が好む接客を、別の人は過剰だと感じるかもしれません。そのため、このタイプのサービスでは、客観的な基準だけでなく、利用者がどのような経験をしたかという個人的な評価が重要になります。

ただし、情緒的サービスが中心だからといって、設備や安全性が重要でないわけではありません。あくまでも、事業の特徴を理解するために、どの側面が相対的に大きな役割を果たしているかを考えているのです。

機能と情緒の両方が重要となる事業

第三は、機能的サービスと情緒的サービスを組み合わせて提供するタイプです。宿泊業や一般的な飲食業など、多くの観光サービスはこのタイプに当てはまります。

レストランでは、料理の品質や提供時間、料金の妥当性が重要です。同時に、注文を受ける際の応対や料理についての説明、店内の雰囲気なども、利用者の評価に影響します。ホテルでも、客室の設備や清潔さだけでなく、受付や案内の仕方が宿泊体験を左右します。

このタイプは、機能的サービスだけでも、情緒的サービスだけでも、十分な評価を得にくいという特徴があります。料理がおいしくても接客が不快であれば、店全体への印象は悪くなるかもしれません。反対に、店員が親切でも、料理が提供されなかったり、注文と異なる品が届いたりすれば、よいサービスとは評価されにくいでしょう。

ここから見えてくるのは、サービスの評価が単純な足し算ではないということです。必要な便益が提供されていることを土台に、対応の仕方が利用者の経験を豊かにすることによって、サービス全体への満足が形成されます。

4. サービスの性格は、業種だけで決まるわけではない

同じ宿泊業でも、ホテルと旅館では違いがある

サービスの性格を考えるとき、ホテル、旅館、飲食店、交通機関など、業種による違いに注目しがちです。しかし、前田の議論で重要なのは、業種名だけでサービスの特徴が決まるわけではないという点です。

同じ宿泊業でも、宿泊客との接触が限られたビジネスホテルと、担当者が客の滞在中に継続的に応対する旅館では、サービスの提供方法が異なります。

ビジネスホテルでは、予約、受付、客室、清掃などの機能を確実に提供することが中心となり、利用者と従業員の接触時間は比較的短い傾向があります。一方、旅館では、客室への案内、食事の提供、滞在中の相談などを通して、同じ担当者が宿泊客と繰り返し関わる場合があります。そのため、利用者に合わせた応対が、滞在全体の印象に影響しやすくなります。

この違いは、どちらが優れているかという単純な順位を意味するものではありません。利用者が求めるものや、施設が提供するサービスの設計が異なるということです。短時間で手続きが完了し、必要な設備を快適に使えることを重視する旅行者もいれば、担当者とのやり取りを含めた滞在体験を楽しみにしている旅行者もいます。

四つの条件がサービスの性格を左右する

サービスにおける機能と情緒の比重は、業種の違いだけでなく、サービスを提供する具体的な条件によって変わります。前田は、その条件として四つの要素を挙げています。

条件意味サービスへの影響
利用者の数不特定多数か、限られた人々か利用者一人ひとりにかけられる時間や注意が変わる
利用頻度日常的に使うか、まれに使うか利用者が何を当然と考え、何に注目するかが変わる
利用・選択の自由度他のサービスを自由に選べるか比較や選択を通じて、提供方法への関心が変わる
対人接触の程度提供時に人と接する時間や頻度応対の仕方がサービス評価に与える影響が変わる

この四つの条件を考えると、なぜ公共交通と高級旅館ではサービスの評価基準が違いやすいのかが理解できます。

通勤時の電車は、利用者が多く、日常的に使われ、利用時間も限られています。利用者がまず期待するのは、安全で正確な運行です。乗務員や駅員の応対も大切ですが、すべての利用者に長時間の個別対応を行うことは現実的ではありません。

一方、旅行先の旅館では、利用者が比較的限られており、滞在中に従業員と接する時間も長くなります。旅行者は複数の宿泊施設から選択していることも多く、接客の印象が施設全体の評価に影響しやすくなります。

このように、サービスの性格を決めるのは、業種名そのものというより、利用者の条件や提供の仕組みです。同じ業種であっても、サービスの提供方法を変えれば、利用者が重視する側面も変わってきます。

機能性優位型と情緒性優位型

四つの条件をもとにすると、サービスは「機能性優位型」と「情緒性優位型」という二つの基本タイプに整理できます。

機能性優位型は、多くの人が日常的に利用し、提供時の対人接触が比較的短いサービスに多く見られます。利用者が重視するのは、必要な便益が安定して提供されることです。多少の不満があっても、サービスが許容できる範囲で機能していれば、強い不満にはつながりにくい場合があります。その反面、特別な満足感も生まれにくい傾向があります。

情緒性優位型は、利用者が限られていたり、利用頻度が低かったり、提供者との接触が長かったりするサービスに多く見られます。利用者は個別の応対を受ける機会が多いため、満足を感じやすい一方で、期待が満たされなかった場合には失望や不快感も強くなりやすくなります。

たとえば、日常的に使う交通機関では、時刻どおりに運行されることが大きな価値になります。しかし、旅行先で利用したタクシーや観光バスでは、運行の正確さに加えて、運転手や案内担当者の対応が旅行の印象を左右することがあります。

これは、機能性優位型のサービスに情緒的な側面が存在しないという意味ではありません。どのようなサービスにも二つの側面があり、その比重や評価への影響が異なるということです。

5. サービス評価の鍵となる「個別化」

人は、自分に向けられた対応を求める

サービスに対して「よかった」と感じるためには、必要な便益が提供されるだけでなく、自分に向けて対応してもらえたと感じられることが重要です。前田は、この点を「個別化」という概念によって説明しています。

たとえば、レストランで水を運んでもらう場面を考えてみましょう。店員が客の方に身体を向け、適切な位置にコップを置き、必要に応じて声をかけてくれれば、客は自分に対して丁寧に対応してくれたと感じるかもしれません。

一方、店員が周囲を見ずに機械的にコップを置き、客が何かを尋ねても反応しなければ、必要な水は提供されていても、よいサービスだったという印象は生まれにくくなります。

同じ行為でも、自分に向けられた対応だと感じられるかどうかによって、受け止め方が変わるのです。

この考え方は、サービスの評価において、単に「何が提供されたか」だけでなく、「自分がどのように扱われたか」が大きな意味を持つことを示しています。

個別化は、特別扱いすることではない

個別化という言葉からは、特定の顧客だけに特別な待遇を与えることを想像するかもしれません。しかし、ここでの個別化は、利用者一人ひとりを独立した人格として認め、その人に向けた対応を行うことを意味します。

それは必ずしも、高価な贈り物をしたり、特別な便宜を図ったりすることではありません。相手の話を最後まで聞く、質問に応じて説明の仕方を変える、利用者が理解しているかを確認する、必要な情報を適切なタイミングで伝えるといった、小さな行動にも個別化は表れます。

また、すべての利用者を同じように尊重することと、一人ひとりに応じて対応することは矛盾しません。平等に扱うことは、誰もが不当な差別を受けないための基本です。そのうえで、相手の事情や必要に応じて適切な対応をすることが、個別化につながります。

たとえば、初めてホテルを利用する人には館内設備を詳しく説明し、何度も利用している人には必要な情報を簡潔に伝えることが考えられます。どちらかを不当に優遇するのではなく、それぞれの状況に応じて説明を調整しているのです。

個別化を求める心理

個別化が重要である背景には、人間が自分を一人の人格として認めてもらいたいという欲求があります。前田は、この点を心理学者アブラハム・マズローの欲求段階説における「承認と尊敬の欲求」と関連づけています。

人は、集団や社会の一員として受け入れられるだけでなく、自分の存在や行動を認められ、尊重されることを求めます。サービスの場面でも、利用者は単に手続きを処理されるだけでなく、自分の事情を理解してもらい、必要な対応を受けたいと感じることがあります。

ただし、個別化を求める欲求が、すべての場面で同じ形で表れるわけではありません。状況によっては、目立たずに利用したい人もいます。ホテルで静かに過ごしたい人や、店員との会話を必要最小限にしたい人にとっては、過度に話しかけられることが負担になる場合もあります。

したがって、個別化とは、誰に対しても積極的に話しかけ、特別な対応をすることではありません。利用者の状況や希望を理解し、その人にとって適切な距離や方法で対応することが重要なのです。

個別化は、組織的な仕組みにできる

サービスを高く評価してもらうために、すべての従業員が、すべての利用者に対して、その場の判断だけで完璧な個別対応を行うことは困難です。利用者が多い事業では、対応できる時間や人員にも限界があります。

そこで必要になるのが、個別化を組織的に実現する仕組みです。前田は、提供者側が計画的に個別対応を行う考え方を「制度的個別化」と呼んでいます。

たとえば、利用者の希望や過去の利用履歴を適切に管理し、必要な場面で情報を活用する方法があります。宿泊施設であれば、利用者が事前に伝えた食事上の希望を関係する担当者が共有することで、同じ説明を何度も求めずに済む場合があります。飲食店でも、予約時に伝えられた要望を厨房や接客担当者が共有していれば、より円滑な対応が可能になります。

ただし、個人情報を収集・利用する際には、プライバシーへの配慮が欠かせません。個別化を進めることが、利用者の情報を必要以上に集めることを意味するわけではありません。利用者が望む対応を、適切な範囲の情報と仕組みによって実現することが大切です。

6. 「逆の個別化」――不満を生むのは、自分だけが軽く扱われたという感覚

他の人には丁寧なのに、自分には冷たい

個別化がサービス評価を左右するなら、その反対に、他の利用者には丁寧に接しているのに、自分には冷淡だと感じられる場合には、強い不満が生まれやすくなります。前田は、こうした状況を「逆の個別化」と呼んでいます。

たとえば、飲食店で、常連客には笑顔で親しげに話しかけている店員が、新しく来店した客には目を合わせず、質問にも素っ気なく答えたとします。新規客は、自分だけが軽く扱われていると感じるかもしれません。

ここで不満を生んでいるのは、単に接客が冷たいということだけではありません。他の客に対しては丁寧な対応が行われているのに、自分には同じような対応がないという、比較による不公平感が加わっています。

人は、自分がどのように扱われたかを、周囲の人がどのように扱われているかと比較して判断することがあります。そのため、同じような条件の利用者が目の前にいる場面では、対応の違いが不満を強めることがあります。

すべての違いが不公平なのではない

もちろん、利用者によってサービス内容が異なること自体が、ただちに問題になるわけではありません。料金や契約内容が異なれば、提供されるサービスの範囲が違うことはあります。会員向けの特典や、事前に予約した特別なプランなども、条件が明確であれば、必ずしも不公平とはいえません。

問題となるのは、同じような条件で利用している人々に対して、提供者の気まぐれや偏った態度によって対応の差が生まれ、それが利用者にもわかる場合です。

たとえば、同じ料金を支払い、同じ条件で注文しているのに、ある客の料理だけが明らかに遅れて提供され、店員からの説明もない場合、利用者は自分が軽視されていると感じるかもしれません。

こうした状況を避けるには、接客の基準を共有し、利用者の条件に応じた違いがある場合には、その理由を説明できるようにすることが重要です。

公平な対応と、よいサービスの関係

前田の議論からは、サービスの評価を高めるためには、単に丁寧な応対をするだけでなく、利用者の間で不当な差が生じないようにすることも重要だとわかります。

利用者は、自分だけが特別扱いされることを望む場合もありますが、同時に、他の利用者と比べて不当に軽く扱われないことも期待しています。したがって、よいサービスを提供するには、個々の利用者に配慮することと、利用者全体を公平に扱うことの両方が必要です。

この考え方は、ホテルや飲食店だけでなく、医療、福祉、行政などにも応用できます。相談に来た人が、ほかの人と比べて不当に冷淡な扱いを受けていると感じれば、制度や手続きが正しく運用されていたとしても、組織への信頼が損なわれる可能性があります。

サービスの質は、提供者が何をしたかだけでなく、利用者がその対応をどのように受け止めたかによっても左右されるのです。

7. サービスの提供形態――「親切型」と「もてなし型」

すべての利用者に感じよく接する「親切型」

サービスの提供形態を考える際には、機能と情緒のどちらが中心となるかに加えて、利用者をどのように扱うかという視点が必要になります。

前田は、サービスの提供形態を説明するうえで、「親切型」と「もてなし型」という区別を用いています。

親切型は、利用者を快く受け入れ、求めに応じて適切に対応し、感じのよい応対を行うことを重視する形態です。挨拶、言葉遣い、姿勢、説明の仕方などを通じて、誰もが安心して利用できるようにすることが中心となります。

たとえば、駅の窓口で質問したとき、担当者が落ち着いて話を聞き、必要な情報を簡潔に説明してくれれば、利用者は安心して行動できます。限られた時間の中で多くの人に対応しなければならない場面では、一人ひとりに長時間をかけることは難しくても、基本的な礼儀や親切さを保つことは可能です。

このタイプでは、特定の利用者だけを特別扱いすることよりも、すべての利用者を不当に軽く扱わず、気持ちよく利用できるようにすることが重視されます。

一人ひとりに合わせた対応を行う「もてなし型」

もてなし型は、利用者個々人への配慮や個別化を強めたサービスの形態です。提供者が利用者と一定の時間をかけて関わり、その人の希望や状況を理解しながら、より適した対応を行うことを特徴とします。

たとえば、旅館で宿泊客の希望を聞き、その人の体調や滞在目的に応じて食事や案内を調整することが考えられます。利用者とのやり取りを通じて得られた情報をもとに、最初に予定していた対応を変更することもあります。

ただし、もてなし型は、親切型より常に優れているという意味ではありません。利用者が個別の対応を求めていない場合や、短時間で手続きを済ませたい場合には、必要以上に話しかけたり、細かく世話を焼いたりすることが、かえって負担になることもあります。

もてなし型が有効なのは、利用者との接触時間や状況が、個別の配慮を可能にしている場合です。親切型ともてなし型は、優劣を競うものというより、サービスを提供する条件に応じて使い分ける形態として理解する必要があります。

親切型は、幅広いサービスの基本になる

もてなし型は、利用者一人ひとりに合わせた対応を行うため、時間や人員などの条件に左右されます。これに対して親切型は、短時間の接客であっても実践しやすく、多くのサービス場面で基本となる考え方です。

公共交通機関の案内、店舗の会計、行政窓口での手続きなどでは、すべての利用者に長時間の個別対応を行うことは難しいでしょう。それでも、相手の話を聞き、必要な情報を伝え、失礼のない態度で応対することはできます。

ここで重要なのは、親切型が単なる笑顔や丁寧な言葉遣いに限られないことです。利用者が何を求めているかを理解し、必要な対応を適切に行おうとする姿勢が、その基礎にあります。

また、親切型と機能的サービスは対立するものではありません。公共交通機関で正確な運行を維持しながら、利用者の質問に丁寧に答えることは、機能と応対の両方を大切にしたサービスです。

8. 文化によって異なるサービスの受け止め方

日本の「親切」と、韓国の「もてなし」をめぐる議論

サービスのあり方には、社会の文化や生活習慣も影響します。人々が見知らぬ相手にどのように接するのが望ましいと考えるかは、社会によって異なる場合があります。

前田は、文化的な違いを説明するために、日本社会を「親切文化型」、韓国社会を「もてなし文化型」として対比しています。この整理では、日本では見知らぬ人に対しても感じよく接することが重視される一方、韓国では家族や親しい人、関係のある人に対する厚いもてなしが重視される傾向があると論じられています。

この議論の背景には、人間関係をどのように捉えるかという違いがあります。相手が見知らぬ人であっても礼儀正しく接することを大切にする文化と、相手との関係が深まるにつれて、より親身な対応を重視する文化では、接客の仕方や親切さの表れ方が異なる可能性があります。

ただし、これは特定の時代における社会的傾向を説明しようとした著者の類型化であり、日本人や韓国人のすべてに当てはまる性質を示すものではありません。国や地域の内部にも、世代、職業、個人の経験、利用するサービスの種類などによる違いがあります。現代の国際観光を考える際には、文化的な傾向を参考にしつつ、個々の利用者を固定的なイメージで判断しないことが大切です。

文化の違いを知ることは、接客の改善につながる

旅行者がサービスに期待するものは、文化や生活経験によって異なることがあります。ある人にとっては、店員が積極的に声をかけてくれることが親切に感じられても、別の人にとっては、必要なときだけ対応してもらうほうが快適かもしれません。

この違いを理解せずに、自分たちの文化で当然とされている応対だけを基準にすると、相手の希望を正しく理解できない場合があります。

観光サービスでは、利用者が何を望んでいるかを決めつけず、必要な情報を確認しながら対応することが重要です。言葉や文化が異なる旅行者に対しては、わかりやすい案内を用意し、質問しやすい環境を整えることも役立ちます。

文化的な背景を理解する目的は、国ごとの違いを単純に分類することではありません。人によって望ましい応対が異なることを理解し、利用者の状況に合わせてサービスを調整するための手がかりにすることです。

9. サービスの構造を理解すると、改善の方法が見えてくる

苦情を「接客が悪い」の一言で片づけない

サービスに対する苦情が寄せられたとき、「接客が悪かった」「もっと親切にするべきだった」とだけ考えても、具体的な改善にはつながりにくいものです。

必要なのは、問題がサービスのどの部分にあったのかを分析することです。必要な便益が提供されなかったのか、提供の仕組みに問題があったのか、それとも説明や応対の仕方が利用者の期待に合っていなかったのかによって、解決策は異なります。

たとえば、ホテルの受付で待ち時間が長くなったという苦情があった場合、原因は人員配置や予約管理の問題かもしれません。待っている間に状況の説明がなかったことが不満の原因なら、案内の仕方や情報提供の改善が必要になります。両方が原因であれば、仕組みと応対の両面から改善しなければなりません。

サービスの構造を理解することは、こうした問題を分解し、改善すべき点を具体化することにつながります。

マニュアルと人間的な対応は、両立できる

サービスの質を安定させるためには、マニュアルや手順が役立ちます。誰が担当しても必要な情報を伝え、基本的な業務を確実に行えるようにすることは、組織の信頼性を支える重要な条件です。

一方、手順を守ることだけに集中すると、利用者の事情に応じた対応が難しくなる場合があります。利用者が何を理解できていないのか、何に困っているのかを確認せず、決められた説明を繰り返すだけでは、十分な満足につながらないこともあります。

したがって、マニュアルは人間的な対応を排除するためのものではなく、基本的な品質を支える土台として考える必要があります。必要な手続きを確実に行いながら、利用者の状況に応じて説明や案内を調整できるようにすることが望まれます。

このような仕組みを整えることは、従業員の負担を減らすことにもつながります。すべての場面で個人の経験や善意に頼るのではなく、必要な情報や判断基準を組織として共有することで、安定したサービスを提供しやすくなります。

サービスの評価は、提供者だけで決まるわけではない

サービスの評価には、提供者の行動だけでなく、利用者の期待や状況も影響します。同じ対応を受けても、事前にどのような説明を受けていたか、何を期待していたか、どのような目的で利用していたかによって、満足や不満の感じ方は異なります。

たとえば、ホテルで静かに過ごしたい利用者と、観光情報を積極的に知りたい利用者では、望ましい接客のあり方が異なるかもしれません。必要な説明を簡潔に済ませることが満足につながる場合もあれば、地域の見どころを詳しく紹介することが喜ばれる場合もあります。

だからこそ、サービスを改善する際には、利用者の期待を理解することが重要です。ただし、利用者の希望をすべて無条件にかなえなければならないという意味ではありません。安全性、公平性、契約上の条件、従業員の労働環境などを考慮しながら、実現できる範囲を明確にし、適切な対応を選ぶ必要があります。

サービスは、提供者が一方的に何かを与えるだけの活動ではありません。提供者が仕組みを整え、利用者がそれを利用し、その経験を評価するという関係の中で成り立っています。

10. まとめ――よいサービスは、仕組みと人間的な対応の両方から生まれる

サービスの構造を理解するうえで重要なのは、サービスを「何を提供したか」という機能的な側面と、「どのように提供したか」という情緒的な側面に分けて考えることです。

必要な便益が確実に提供されることは、サービスの基本です。しかし、利用者がサービスをよいと評価するためには、提供の仕方も重要になります。自分の話を聞いてもらえた、状況を理解してもらえた、不当に軽く扱われなかったと感じることが、満足や信頼につながります。

また、サービスの性格は、業種だけで決まるわけではありません。利用者の数、利用頻度、選択の自由度、提供時の対人接触の程度などによって、機能と情緒の比重は変わります。日常的に利用する公共サービスと、非日常的な体験を提供する観光サービスでは、利用者が重視する点も異なります。

個別化の理論は、利用者が一人の人格として尊重され、自分に向けた対応を受けたと感じることの重要性を示しています。しかし、個別化は、誰にでも特別な待遇を与えることではありません。利用者の事情を理解し、その場に適した方法で対応することが中心となります。また、同じような条件の利用者を不当に差別しないことも、サービスの質を支える大切な条件です。

観光産業では、こうした考え方が特に重要になります。旅行者は、宿泊や食事、移動といった便益を求めるだけでなく、その土地で過ごす時間や人との交流も含めて旅行を評価するからです。

一方で、優れたサービスを実現するためには、従業員の心がけだけに頼るわけにはいきません。設備や手順を整え、情報を共有し、必要な判断ができる環境をつくることが必要です。仕組みが安定しているからこそ、従業員は利用者一人ひとりの状況に目を向ける余裕を持ちやすくなります。

よいサービスとは、単に親切に接することでも、効率よく仕事をこなすことだけでもありません。必要な便益を確実に提供する仕組みと、利用者を一人の人間として尊重する対応とが、適切に組み合わさったときに生まれるものです。

この視点は、ホテルや旅館、飲食店だけでなく、医療、福祉、教育、行政など、人が人に何らかの便益を提供するあらゆる場面で役立ちます。サービスの構造を理解することは、利用者の満足を高めるだけでなく、提供者が何を改善すべきかを具体的に考えるための基礎になるのです。