人々がサービスを評価する基準は、時代とともに変わっていく。かつては、便利な設備があるだけで驚きや喜びが生まれた。ところが、同じ設備が普及して生活に定着すると、今度はそれが「あるのが当たり前」になり、なくなったときに不満が生じる。サービスの質が変わらなくても、受け手の期待が変われば、評価は正反対になりうるのである。

この変化は、観光の世界でとりわけよく見える。旅行が特別なぜいたくだった時代には、旅に出られること自体が喜びだった。旅行が広く普及すると、宿泊施設の設備や交通の便利さが問われるようになり、やがて料金に見合う品質や、個々の旅行者に合わせた体験が重視されるようになった。

前田勇『現代観光のホスピタリティ――サービス理論からのアプローチ』(学文社、2007年)を手がかりに、1950年代後半から2000年代初めにかけての日本社会を振り返ると、消費生活の変化がサービスへの期待をどのように変え、観光の楽しみ方やサービスの評価に影響したのかが見えてくる。そこに描かれているのは、単純な「サービスの高級化」の歴史ではない。人々の暮らしが豊かになるにつれ、満足の条件そのものが変わっていく歴史である。

Contents

1. サービスの評価を変えるのは、サービスそのものだけではない

「便利になった」という喜びは、いつまでも続かない

新しいサービスが登場すると、人々は生活が便利になったことを積極的に評価する。たとえば、移動手段が増える、予約が簡単になる、宿泊施設に快適な設備が備わるといった変化は、それまで不便を感じていた人々にとって大きな改善である。

しかし、その便利さが広く普及すると、評価の仕方が変わる。以前なら「こんなに便利な仕組みがある」と感心されたものが、いつしか「これくらいできて当然」と受け止められるようになるからだ。

たとえば、宿泊施設で温水洗浄便座が使えるようになった当初と、それが一般的になった後とでは、利用者の反応は異なる。導入されたばかりの時期には、設備があること自体が好意的に受け止められる。ところが普及後には、設備があることを特別に褒める人は減り、期待していた設備がなければ不満を感じる人が増えていく。

この変化を理解するには、サービスを提供する側の努力だけでなく、利用者の生活習慣や期待にも目を向ける必要がある。サービスの評価は、サービスの性能だけで決まるのではない。社会の中で何が標準とされ、何が当然視されるようになったのかによっても左右される。

「あること」を褒める社会から、「ないこと」を批判する社会へ

サービスの普及は、評価の方向を変える。導入当初は、サービスが「あること」が評価の中心になる。ところが、社会に定着すると「あること」は特別な長所ではなくなり、代わって「ないこと」が欠点として注目される。

この変化は、サービスを提供する企業にとって重要な意味を持つ。新しい設備を導入しても、しばらくすると競争相手も同じ設備を導入するため、差別化の効果は薄れてしまう。そのうえ、利用者の期待水準が上がれば、以前なら問題にならなかった不足が、サービスの悪さとして評価されるようになる。

観光施設に当てはめると、わかりやすい。以前は、宿泊予約を電話で受け付け、現地で案内するだけでも十分だったかもしれない。しかし、オンライン予約が普及すれば、利用者はいつでも空室を確認でき、簡単に予約を完了できることを期待する。便利な予約システムを導入した施設が高く評価される時期を経て、やがて予約のしやすさは施設を選ぶための基本条件になる。予約できない、情報が更新されていない、問い合わせに返答がないといった問題は、それだけで不満の原因になりうる。

つまり、サービスの進歩は利用者を満足させる一方で、次の水準を求める土台にもなる。サービスの向上は、ゴールに到達すれば終わる競争ではない。社会全体の期待を引き上げながら、評価の基準を更新し続ける過程なのである。

期待は、個人の好みだけでなく生活習慣から生まれる

人々が何を当然だと思うかは、個人の性格や好みだけでは説明できない。日常生活で繰り返し利用する仕組みや、社会全体に広がった習慣が、サービスに対する期待を形づくっている。

日常的に公共交通機関を利用する人は、運行時刻や乗り換え情報が正確に提供されることを期待する。オンラインで買い物をすることに慣れた人は、注文状況を確認でき、配送の見通しがわかることを望む。こうした経験が積み重なることで、利用者は別の業界や場面でも似た水準の便利さを求めるようになる。

観光サービスも、旅行業界の内部だけで評価されているわけではない。旅行者は、自宅や職場で慣れ親しんだ生活水準を旅先にも持ち込む。そのため、社会全体の消費生活が変化すれば、ホテルや旅館、交通機関、観光施設に求められるものも変化するのである。

2. 消費生活は「関心が高まる時期」と「落ち着く時期」を繰り返す

人々の欲求は、一直線に高まり続けるわけではない

消費生活の変化を考えるうえで重要なのは、暮らしへの期待や関心が、いつも同じ方向に強まるわけではないという点である。新しい商品や生活様式が広がると、人々はそれに関心を寄せ、生活を変えようとする。ところが、変化が一巡して新しい暮らしが定着すると、関心はいったん落ち着く。そして、次の変化が現れると、再び関心が高まる。

このような動きを、ここでは「関心高揚期」と「関心低迷期」の繰り返しとして捉えることができる。

心理学者アブラハム・マズローの欲求段階説は、人間の欲求が生活条件などによって変わることを説明する代表的な考え方である。衣食住や安全がある程度満たされると、人は人間関係、承認、自己実現などにも関心を向けるようになる。ただし、現実の人間の欲求は、階段を一段ずつ上るように単純に変化するものではない。経済状況、社会不安、技術革新、流行などの影響を受けながら、複数の欲求が並行して現れる。

消費生活も同様である。新しい商品が登場したからといって、すべての人がすぐに購入するわけではない。所得に余裕がある人は新しい価値を求める一方、生活に不安を感じる人は支出を抑える。旅行についても、豪華な体験を求める人がいる一方で、安く気軽に出かけたい人もいる。

この視点から戦後日本の消費生活を振り返ると、経済成長だけでは説明できない、期待と関心の揺れ動きが見えてくる。

1950年代後半から1960年代半ば――生活を豊かにすること自体が目標だった時代

戦後の日本では、経済成長とともに家電製品や自動車などが普及し、日常生活の姿が大きく変わっていった。テレビ、冷蔵庫、洗濯機などは、家庭の暮らしを便利にする象徴的な存在だった。新しい商品を手に入れることは、単に物を所有することではなく、戦後の苦しい生活から抜け出し、豊かな暮らしへ進んでいることを実感する経験でもあった。

一方、生活に必要な設備やサービスがまだ十分に行き渡っていない時代には、サービスの不足が必ずしも強い不満につながるわけではなかった。そもそも存在しないものを、当然あるべきものとして期待することは難しいからである。

観光も、日常生活から離れて楽しみを得ることそのものに大きな意味があった。旅行に出かける機会が限られていた人々にとって、旅に出られること、家族や仲間と時間を過ごせること、普段とは異なる景色を眺められることは、特別な喜びだった。旅先でのサービスについても、細かな設備や対応の違いを比較するより、旅行そのものを楽しむことが重視されやすかった。

この時期を理解するうえでは、現在の生活水準をそのまま過去に当てはめないことが大切である。現代では当たり前に感じられる設備やサービスも、普及の途上では生活を変える画期的なものだったのである。

1960年代半ばから1970年代後半――不足を埋め、生活の質を高めようとする時代

経済成長によって生活が豊かになると、人々の関心は、単に物を持つことから、生活の不便を解消し、より快適な暮らしを実現することへと広がっていった。

ただし、豊かさの拡大とともに、社会の矛盾も表面化した。公害問題や大学紛争など、経済成長だけでは解決できない課題が人々の目に入るようになった。消費生活の面では、ファストフードやファミリーレストランなどの利用が広がり、外食や余暇の過ごし方も変化していった。

観光では、旅行をすることが徐々に身近になり、旅行先そのものに魅力を求める傾向が強まった。単に移動して宿泊するだけでなく、どこへ行き、何を見て、どのような経験をするのかが重要になっていく。

この時期には、便利さや快適さへの期待が高まり、サービスの不足や質の低さが不満として表れやすくなった。新しいサービスが生活の隙間を埋めると、それが普及するにつれて「もっと便利にできないか」「ほかの場所では実現しているのに、なぜここではできないのか」という比較が生まれる。

サービスに対する要求が高まるのは、利用者がわがままになったからというだけではない。生活経験が増え、選択肢が広がり、より良い状態を具体的に想像できるようになったからでもある。

1970年代後半から1980年代前半――便利さが標準になり、関心が薄れる時代

新しいサービスが普及し、日常生活の中に定着すると、人々はそれを特別なものとして意識しなくなる。便利な商品やサービスが存在することを前提に暮らすようになり、関心は別の対象へ移っていく。

この時期には、コンビニエンスストアの普及や商品・サービスの標準化が進み、必要なものを手軽に入手できる環境が整っていった。旅行についても、生活の中で楽しむ余暇としての性格が強まり、旅行先を選ぶことだけでなく、旅をどのように実現するかが多様化していった。

サービス提供側では、効率化やマニュアル化が進み、誰が担当しても一定の水準を保つことが重視されるようになる。セルフサービスも広がり、利用者が自分で手続きを進める仕組みが増えていった。

これはサービスの後退を意味するわけではない。むしろ、便利さを社会全体に広げるためには、サービスの標準化や効率化が重要だった。しかし、サービスの基本水準が上がるほど、利用者はその便利さに慣れ、個々のサービスを意識する機会が減っていく。

1980年代前半から1980年代末――消費への関心が再び高まり、差別化が進む時代

1980年代には、消費生活の高度化とともに、商品やサービスを通じて自分らしさを表現する傾向が強まった。単に必要なものを買うだけでなく、ブランド、デザイン、流行、付加価値などが消費の重要な要素となっていった。

観光でも、旅行の楽しみ方が多様化する。目的地を訪れることに加えて、旅先で何をするか、どのような体験を得るかが重視されるようになった。団体旅行だけでなく、個人や小グループで旅行を計画する動きが進み、海外旅行も幅広い層に広がっていった。

サービスを提供する側は、基本的な機能を備えるだけでは競争に勝ちにくくなる。施設の設備、食事、接客、空間の演出などに工夫を加え、より高い満足を提供しようとする動きが強まった。

その結果、サービスは「必要なことを正確に行う」だけでなく、「利用者に特別な気分を味わってもらう」方向へも発展する。高付加価値化や高級化は、こうした競争の中で重要な戦略になった。

ただし、付加価値を高めれば、必ずしもすべての利用者が満足するわけではない。豪華さや丁寧な接客を望む人もいれば、価格の安さや気軽さを優先する人もいる。消費の高度化は、利用者の期待を一つにまとめるのではなく、求める価値の違いを広げていく側面も持っていた。

1990年代初めから2000年代初め――バブル崩壊後の節約志向と価格重視

1990年代初め、バブル経済が崩壊すると、日本社会では経済の先行きに対する不安が強まった。消費者は支出に慎重になり、低価格や実質的な価値を重視するようになった。

1980年代に広がった高付加価値・高価格志向は後退し、価格に見合う品質があるかどうかが厳しく問われるようになった。「価格破壊」という言葉が注目を集めたのも、この時期の消費環境を象徴している。

この変化は観光にも及んだ。旅行そのものへの関心がなくなったわけではないが、料金に対する意識が強まり、質の高さよりも価格の安さが優先される場面が増えた。旅行者が費用を比較し、より安い選択肢を探すようになると、観光事業者も価格競争への対応を迫られる。

同時に、資格取得や学習、健康、美容など、自分自身の能力や状態を高めることに支出する「自己投資型消費」も目立つようになった。生活全体を派手に拡大するより、自分にとって意味のある分野に資源を配分しようとする考え方である。

この時期の特徴は、消費への関心が単純に消えたことではない。消費者は、関心のあるものには支出する一方、関心の薄いものにはお金を使わなくなった。自分にとって価値があるかどうかを選別する姿勢が強まり、価格と便益を比較する意識が広がったのである。

2000年代初め以降――生活の拡大と縮小が同時に進む時代

2000年代初めになると、情報機器の普及や社会環境の変化によって、人々の生活や消費のあり方はさらに多様化していった。情報を得る手段が増え、サービスを比較することが容易になる一方、社会的な格差や生活不安も意識されるようになった。

観光では、韓流ブームに象徴される近隣諸国への関心の高まりや、海外旅行の多様化が見られた。同時に、豪華な旅行を楽しむ人と、できるだけ費用を抑えて旅をする人が共存するようになった。旅行を通じて得たい価値は一様ではなく、価格、目的、経験、安心、利便性など、重視される要素が分かれていく。

サービスに対する期待も二極化する。多くの利用者は、基本的な機能が高い水準で維持されることを当然と考える。その一方で、接客の言葉遣いや個別の配慮に高い価値を認め、より洗練された対応を求める人もいる。

この時期の変化は、サービスの水準が一方向に上昇しているというより、利用者が求める価値の幅が広がっていることを示している。標準的な便利さを重視する人もいれば、特別な体験やきめ細かな配慮を求める人もいる。サービスを一つの尺度だけで評価することが難しくなっていったのである。

なお、ここでの時代区分は2007年に刊行された研究の視点に基づくものであり、2000年代初め以降の変化を現在までそのまま当てはめることはできない。スマートフォン、SNS、オンライン予約、口コミ評価などがさらに普及した現在では、サービスへの期待や評価の仕組みも一段と変化している。

3. 観光の変化は、社会全体の消費生活を映し出す

「旅行に行くこと」から「旅先で何をするか」へ

旅行の形態の変化は、消費生活の変化をよく表している。

旅行がまだ特別な経験だった時代には、目的地へ行き、宿泊し、帰ってくること自体が大きな意味を持っていた。ところが、旅行が身近になると、旅行者は目的地の選択だけでなく、旅先でどのような活動をするかにも関心を向けるようになる。

たとえば、同じ温泉地を訪れる場合でも、ある人は温泉に入ってゆっくり休むことを求め、別の人は地元の食文化を味わうことを目的にする。また、自然の中を歩きたい人、歴史的な街並みを学びたい人、スポーツやイベントに参加したい人もいる。

目的が異なれば、必要なサービスも異なる。休養を求める人には静かな環境や落ち着いた接客が重要になる。文化体験を求める人には、正確な解説や地域の人々との交流が価値を持つ。活動的な旅行者には、交通手段や予約情報、道具の貸し出しなどが重要になる。

観光サービスの発展は、単に宿泊施設や交通機関の設備を充実させることではない。旅行者が何を目的に旅をしているのかを理解し、その目的を実現できるようにサービスを組み合わせることでもある。

サービスの評価には、機能と人間的な対応の両方が関わる

サービスを考える際には、機能的な側面と情緒的な側面を区別すると理解しやすい。

機能的サービスとは、利用者の目的を達成するために必要な機能を、正確かつ適切に提供することである。予約が正しく処理されること、部屋が清潔に保たれていること、食事が安全に提供されること、交通案内が正確であることなどが含まれる。

情緒的サービスとは、言葉遣いや態度、気配りなどを通じて、利用者に安心感や好意的な感情をもたらすサービスである。困っている旅行者に気づいて声をかける、相手の状況を理解して説明する、必要なときに適切な距離を保つといった対応が該当する。

この二つは対立するものではない。機能的サービスが欠けていれば、どれほど親切な接客を受けても、旅行者は安心して旅を続けられない。一方、必要な機能が満たされていても、利用者の事情を無視した対応が続けば、満足度は下がることがある。

たとえば、予約内容が正確に処理されているホテルでも、到着した利用者に不親切な説明をしたり、困っている様子を見過ごしたりすれば、印象は悪くなりうる。逆に、従業員が非常に親切でも、予約した部屋が用意されていなければ、旅行者の不満を解消することは難しい。

サービスの質を高めるには、基本的な機能を安定させたうえで、人間的な対応をどのように組み合わせるかが重要になる。

親切な対応も、いつも同じように評価されるわけではない

情緒的サービスは、時代や利用者によって評価が変わりやすい。景気がよく、消費への関心が高まっている時期には、丁寧な接客や特別な演出が高く評価されることがある。しかし、価格や実用性が重視される時期には、過剰な接客よりも、手早く用件を済ませられることが歓迎される場合もある。

また、同じ対応でも、利用者の希望によって受け止め方が異なる。初めて訪れた場所で不安を感じている旅行者には、詳しい案内が役立つ。反対に、何度も訪れていて自分のペースで過ごしたい旅行者にとっては、頻繁に声をかけられることが負担になるかもしれない。

そのため、親切であることと、相手にとって適切なサービスであることは、必ずしも同じではない。相手が何を求めているのかを理解し、状況に応じて対応することが必要になる。

4. サービスの評価は、どのように変わってきたのか

基本的な機能が普及すると、評価の中心が変わる

社会全体でサービスの基本水準が低い時期には、便利な設備や仕組みが存在すること自体が評価の対象になりやすい。新しいサービスを提供することは、利用者にとって明確な改善だったからである。

しかし、基本的な機能が普及すると、それを備えているだけでは特別な評価を得にくくなる。利用者は、必要なサービスがあることを当然視し、期待したサービスが欠けていた場合に強い不満を抱くようになる。

これは、サービス評価の焦点が「改善されたこと」から「期待水準を満たしているかどうか」へ移ることを意味する。サービス提供者にとっては、設備を導入するだけでなく、安定的に維持し、利用者が問題なく使える状態を保つことが重要になる。

観光施設でいえば、設備の新しさや豪華さだけではなく、予約の正確さ、清潔さ、案内のわかりやすさ、トラブル時の対応などが評価を左右する。こうした基本機能は、普段は意識されにくいが、問題が起きたときには強く意識される。

サービスの評価は「あり・なし」だけで語られやすくなる

サービスをめぐる言葉の使われ方にも、時代的な変化が見られる。新しいサービスが登場した時期には、「便利になった」「設備が充実した」といった、サービスが存在することを評価する表現が生まれやすい。

そのサービスが普及すると、今度は「必要な設備がない」「案内がない」「対応してもらえない」といった、不足を批判する表現が増えていく。サービスが提供されることが標準になるほど、利用者は個々のサービスの存在自体に驚かなくなるからである。

この傾向は、サービスの評価が単純になったというより、生活の中でサービスが占める位置が変わったことを示している。以前は追加的な価値だったものが、生活を成り立たせる前提条件になったのである。

ただし、「あるか、ないか」だけで評価すると、サービスの実際の質を見落とす危険がある。設備があっても使いにくいことはあるし、案内が提供されていても不正確な場合がある。必要なのは、サービスの有無だけでなく、利用者の目的に合っているか、適切な水準で提供されているかを確かめることである。

高水準のサービスを「当然」と考えることの光と影

基本的なサービスの水準が高まり、それを安定して利用できる社会には大きな利点がある。利用者は安心して行動でき、事業者は一定の基準を共有しやすくなる。清潔さ、安全性、正確な情報提供などが社会的な標準として定着すれば、多くの人が質の高いサービスを利用できるようになる。

一方、サービスが当然視されるようになると、提供する側の努力が評価されにくくなる。問題が起きなかったことは当たり前とされる一方、小さな失敗が強く批判されることもある。サービスを維持するために必要な費用や人手が見えにくくなり、利用者の期待と、提供する側が実現できる水準との間にずれが生じる可能性もある。

観光の現場では、旅行者が求める品質を維持しながら、料金を抑え、働く人々の負担も軽減するという難しい課題に直面する。すべての要望に応えようとすれば、サービスの費用や労働負担が増える。反対に、効率だけを優先すれば、個々の利用者の事情に応じた対応が難しくなる。

大切なのは、何でも追加すればサービスがよくなると考えるのではなく、利用者にとって何が本当に必要なのかを見極めることである。

5. サービス成熟社会で、観光事業者に求められること

すべての利用者に同じサービスを提供すればよいわけではない

サービスの基本水準が普及した社会では、標準化が重要な役割を果たす。誰が担当しても予約を正確に処理し、安全に施設を利用できるようにすることは、観光事業者の責任である。

しかし、標準化だけでは、利用者の多様な期待に応えきれない。家族旅行、ひとり旅、仕事を兼ねた旅行、健康の回復を目的とする旅行では、必要とされるサービスが異なるからだ。

たとえば、家族連れには子どもが安全に過ごせる環境や、荷物の扱いやすさが重要になる。ひとり旅の利用者は、必要な情報を得ながら自分のペースで過ごせることを望むかもしれない。休養を目的とする人には、静けさやプライバシーが、観光地を積極的に巡る人には交通情報や柔軟な予約対応が重要になる。

このような違いに対応するには、基本的なサービスを標準化しつつ、利用者の目的や状況に応じて調整できる余地を残すことが必要である。

価格競争だけでは、観光の価値を十分に伝えられない

価格は旅行先や宿泊施設を選ぶ際の重要な判断材料である。しかし、安さだけを競争の中心に据えると、観光の価値が料金の比較に限られてしまう危険がある。

旅行者が旅に求めるものは、宿泊や移動という機能だけではない。地域の文化に触れること、自然の中で心身を休めること、地元の人々と交流すること、日常生活とは異なる時間を過ごすことも、観光の大切な価値である。

こうした価値を伝えるには、設備や料金を示すだけでなく、その地域でどのような経験ができるのかを具体的に説明する必要がある。地域の歴史を知ることができる案内、地元の食材を生かした料理、自然環境を尊重した体験プログラムなどは、単純な価格比較では捉えにくい魅力を生み出す。

ただし、付加価値を設けることと、利用者が求めていないサービスを増やすことは違う。提供側が価値があると考えるものでも、利用者の目的に合わなければ満足にはつながりにくい。観光事業者には、地域の魅力と利用者の期待を結びつける工夫が求められる。

サービスの改善には、利用者の不満を読み解く視点が必要になる

利用者の不満は、必ずしもサービスの欠陥をそのまま表しているわけではない。不満の背景には、利用者が何を期待していたのか、どのような経験をしてきたのか、何を重視しているのかという事情がある。

たとえば、説明が不足しているという苦情は、案内の量が少ないことだけが原因とは限らない。説明のタイミングが悪かったのか、言葉が難しかったのか、必要な情報にたどり着けなかったのかによって、改善策は異なる。

同じように、接客が冷たいという評価も、必ずしも従業員の態度だけの問題ではない。利用者が不安を抱えていたのに十分な案内がなかった場合もあれば、利用者が望む距離感と、提供側の接客方針が合っていなかった場合もある。

不満の言葉だけを集めて対応するのではなく、その背後にある期待と状況を理解することが大切である。利用者が何を当然と考え、何に価値を感じ、どこに不便を感じたのかを分析すれば、表面的な対策ではなく、サービスの仕組みそのものを改善できる。

6. 歴史の証言として読む――豊かさが変えた「満足」の意味

消費の拡大は、満足の基準も引き上げる

1950年代後半から2000年代初めにかけての日本社会を振り返ると、消費生活の変化とサービス評価の変化が密接につながっていたことがわかる。

生活に必要な商品やサービスが不足していた時代には、新しいものが手に入ることそのものが喜びだった。生活が便利になるにつれて、人々はより快適で使いやすい環境を求めるようになった。基本的な機能が普及すると、それらは当然の条件となり、価格、品質、個別の体験、人間的な対応など、評価の対象が広がっていった。

この変化は、経済が発展すれば人々が一方的に満足するようになる、という単純な物語ではない。豊かさは新しい選択肢を生み出す一方で、期待を引き上げ、これまで問題にならなかった不足を不満へと変える。サービスが改善されても、満足が自動的に増え続けるわけではないのである。

2007年という時点が示すもの

前田勇の著作が刊行された2007年は、バブル崩壊後の長い消費停滞を経て、旅行やサービスの多様化が改めて論じられていた時期に当たる。インターネットはすでに広がり始めていたが、現在のようにスマートフォンやSNSを通じて、旅行者がリアルタイムで情報を共有し、サービスを比較する環境とは異なっていた。

そのため、当時の分析は、戦後の大量消費社会からサービス成熟社会へと移行していく過程を捉えた歴史的な記録として読むことができる。そこに示された時代区分を現在にそのまま当てはめることはできないが、サービスが普及するにつれて「あること」が当然になり、「ないこと」が批判されるようになるという考え方は、現在の観光にも通じる。

予約のしやすさ、情報の正確さ、決済の便利さなどが広く普及すれば、利用者はそれらを特別な長所として意識しなくなる。一方、期待していた機能が使えなければ、強い不満を抱く。さらに、口コミや評価が広く共有される環境では、個々の利用者の経験が他の人の期待を形成し、サービスの評価基準を変えていく可能性もある。

つまり、サービスをめぐる競争は、設備や接客の改善だけでは完結しない。社会全体の生活様式、情報環境、消費者の価値観と結びつきながら、評価の基準そのものが変わっていくのである。

本当のサービス向上とは、何を増やすことなのか

サービスの向上というと、新しい設備を導入すること、接客を丁寧にすること、提供するメニューを増やすことを思い浮かべやすい。しかし、サービスが成熟した社会では、それだけでは十分ではない。

必要なのは、利用者が何を求めているのかを見極め、基本的な機能を安定して提供し、そのうえで状況に合った対応を行うことである。設備やサービスを増やしても、利用者の目的に合わなければ満足にはつながらない。反対に、余計な干渉を避け、必要なときに確実に助けることが、利用者にとって最良のサービスになる場合もある。

観光は、日常生活から離れた経験を提供する産業である。しかし、旅行者は日常生活の中で身につけた期待を旅先に持ち込む。だからこそ、観光のサービスを考えるには、観光業界の事情だけでなく、社会全体の消費生活や価値観の変化を理解することが欠かせない。

豊かさが進むほど、満足の条件は複雑になる。サービスの有無だけでなく、そのサービスが誰の、どのような目的に役立っているのかを考えること。それが、サービス成熟社会における観光の質を高めるための重要な視点なのである。