観光の満足度を決めるのは、景色の美しさや料理のおいしさだけではありません。宿泊施設の予約がスムーズにできること、交通機関が時間どおりに動くこと、困ったときに適切な案内を受けられることも、旅の印象を大きく左右します。

ところが、観光サービスには難しい特徴があります。利用者が求めているものは、旅行の目的や経験、文化的背景によって異なるからです。ある人にとっては便利な設備が、別の人には旅情を損なうものになることもあります。親切のつもりで行った対応が、相手には余計なお世話と受け取られる場合さえあります。

観光サービスを理解するには、サービスが「あるか、ないか」だけでなく、どのような場面で、誰に、どのように提供されるのかを考えなければなりません。そして、利用者が何を当然と考え、どのような体験を「よいサービス」と評価するのかを見極める必要があります。

前田勇『現代観光のホスピタリティ――サービス理論からのアプローチ』が2007年に刊行された時代には、観光産業の発展とともに、サービスの質が旅行先や施設を選ぶ重要な基準となっていました。その背景には、観光が単に目的地へ移動し、名所を見物する行為から、移動、宿泊、食事、買い物、人との交流を含む総合的な経験へと広がってきたことがあります。

Contents

1. 観光サービスは、なぜ満足度を左右するのか

観光の価値は、目的地に着く前から生まれている

旅行者は、目的地に到着してから観光を始めるわけではありません。旅行先を選び、情報を集め、交通手段を予約し、荷物を準備する段階から、すでに観光体験は始まっています。

旅行先に到着した後も、駅や空港での案内、宿泊施設での受付、食事の予約、観光地までの移動、土産品の購入など、さまざまなサービスを利用します。それらの一つひとつが旅行の流れを支え、場合によっては旅全体の印象を決定づけます。

たとえば、景色が美しく、料理もおいしい観光地であっても、交通案内が分かりにくく、移動のたびに長時間迷わなければ、旅行者は疲労や不安を感じるでしょう。反対に、観光施設そのものは簡素でも、道案内が分かりやすく、困ったときに助けてもらえれば、旅行者は安心して滞在できます。

このように、観光の魅力は目的地にある資源だけで決まるものではありません。観光資源を利用できるようにする仕組みと、その仕組みを支える人々の対応が組み合わさって、旅行者の経験が形づくられます。

旅行者は、個々のサービスをまとめて評価する

観光サービスの特徴は、複数のサービスが連続して利用されることです。旅行者は、鉄道会社、宿泊施設、飲食店、観光施設、土産物店など、異なる事業者のサービスを次々に利用します。

しかし、旅行者がそれらを必ずしも個別に評価するとは限りません。旅行中に経験した出来事をまとめて、「この地域は観光しやすかった」「あの旅行は不愉快だった」と振り返ることがあります。

宿泊施設の従業員が親切でも、移動手段が極端に不便であれば、旅行全体の満足度は下がるかもしれません。逆に、交通機関の案内が分かりやすく、地域の人からも温かい対応を受ければ、個々の施設の評価を超えて、その土地全体に好印象を抱くことがあります。

つまり、観光のサービス水準は、一つの事業者の努力だけで完成するものではありません。交通、宿泊、飲食、観光施設、地域社会などが、それぞれの役割を果たしながら、旅行者の経験をつなげていくことが重要です。

観光サービスには、機能と感情の両面がある

観光サービスを考えるときには、利用者に便益を提供する機能的な側面と、利用者がどのように扱われたかという情緒的な側面を区別すると理解しやすくなります。

機能的な側面には、予約を受け付ける、荷物を運ぶ、食事を提供する、観光地までの道を案内するといった働きがあります。旅行者が目的を達成するための基盤となるものです。

情緒的な側面には、安心感、歓迎されているという感覚、困ったときに気にかけてもらえたという実感などがあります。旅行者は、必要な機能を利用できるだけでなく、自分がどのように扱われたかによっても、その場所の印象を形成します。

たとえば、宿泊施設で予約情報が正確に管理され、部屋へ案内されることは機能的なサービスです。一方、到着が遅れて疲れている様子を察し、手続きを簡潔に進めてくれたなら、その対応は情緒的な満足にもつながります。

両者は別々に存在するというより、実際の観光場面では組み合わさっています。旅行者に必要な機能を確実に提供したうえで、状況に応じた配慮を加えることが、満足度を高める重要な条件になります。

2. サービスの「ある・なし」が、観光の評価を左右する

サービスがあること自体に価値がある場合

観光サービスを評価する際、まず問題になるのは、必要な仕組みが存在しているかどうかです。

たとえば、旅行者が荷物を預けられる場所を探しているとき、駅や観光案内所などに荷物預かりサービスがあれば、それだけで行動の自由度が高まります。荷物を持ち歩かずに観光できるため、買い物や食事、施設の見学なども楽しみやすくなります。

このように、利用者が必要としている仕組みが存在すること自体が、サービスの価値になる場合があります。特に、旅行者が予想していなかった便利な仕組みを見つけた場合には、「こんなサービスもあるのか」という驚きが、好意的な評価につながることがあります。

ただし、サービスが存在することと、そのサービスが優れていることは別です。荷物預かり所があっても、場所が分かりにくかったり、営業時間が旅行者の行動と合わなかったりすれば、十分に活用できないことがあります。

あるのが当然と考えられるサービス

一方、利用者が当然あると考えているサービスは、存在するだけでは特別に評価されにくくなります。

たとえば、一般的な宿泊施設で予約した部屋が用意されていることや、飲食店で注文した料理が運ばれてくることは、多くの場合、利用者にとって当然のことです。予定どおりに提供されても、特別な感謝を抱くとは限りません。

しかし、期待していたサービスが提供されなければ、強い不満につながる可能性があります。予約した部屋が用意されていない、注文した料理がいつまでも届かない、案内表示が不十分で目的の場所にたどり着けないといった状況です。

ここでは、サービスが存在することが評価の出発点になっています。利用者は「あるのが当然」と考えているため、その存在自体を積極的に評価するのではなく、欠けていた場合に初めて問題として意識するのです。

期待していなかったものが、満足を生むこともある

観光では、予想していなかったサービスが旅行者の満足につながることもあります。

たとえば、急な雨に困っている旅行者に傘を貸してくれる、道に迷った旅行者に目的地までの行き方を丁寧に説明する、交通機関の遅延で困っている人に代替手段を案内するといった対応です。

こうした対応は、単に決められた業務を行ったというだけではなく、その場の状況に応じて利用者の困難を軽減しています。旅行者にとっては、予想していなかった助けを得たこと自体が、好意的な評価の理由になります。

ただし、何かを追加すれば必ず満足度が高まるわけではありません。利用者が静かな環境を求めている場合には、過剰な演出や頻繁な声かけが不快に感じられることもあります。旅行者が何を望んでいるのかを理解し、必要な対応を選ぶことが重要です。

サービスがないことが、魅力になる場合もある

観光では、一般的には便利と考えられる設備や仕組みが、必ずしも好まれるとは限りません。

たとえば、静かな環境や昔ながらの景観を求めて訪れた温泉旅館で、入口付近に自動販売機が多数並んでいたり、広告や案内板が目立っていたりすると、旅行者は落ち着いた雰囲気が損なわれたと感じるかもしれません。

一方、短時間の滞在や仕事での利用を想定したビジネスホテルでは、自動販売機やセルフサービス設備が便利なものとして評価される可能性があります。

同じ設備であっても、旅行者の目的や施設の性格によって評価が変わるのです。観光サービスを設計するときには、単純に設備や便宜を増やすのではなく、どのような体験を提供したいのかを明確にする必要があります。

観光の魅力は、便利さだけで決まるものではありません。ときには、余計なものがないこと、静かに過ごせること、地域の生活や景観に自然に触れられることが、重要な価値になります。

3. 観光サービスは、異なる業種が組み合わさって成立する

観光は「サービス複合事象」である

観光の大きな特徴は、一つの業種だけでは成立しないことです。旅行者は、交通機関で移動し、宿泊施設に泊まり、飲食店で食事をし、観光施設を訪れ、土産品を購入します。旅行会社が旅程を企画することもあれば、博物館や美術館などの文化施設、遊園地などの娯楽施設を利用することもあります。

こうした多様な業種が相互に関わり合う現象を、前田は「サービス複合事象」と捉えています。観光は、異なる種類のサービスが組み合わさって成立する社会的な活動なのです。

ここで大切なのは、観光産業だけを見ていても、旅行者が実際に利用するサービスの全体像は把握できないという点です。個人旅行で都市を訪れた人は、観光客向けの施設だけでなく、地元の路線バス、一般の飲食店、スーパーマーケット、薬局など、地域住民が日常的に使うサービスも利用します。

つまり、観光地のサービス水準は、観光客向けに整備された施設だけで決まるわけではありません。地域の日常生活を支える仕組みが、旅行者にとっても利用しやすいかどうかが、旅の快適さを左右します。

団体旅行と個人旅行では、必要なサービスが異なる

観光サービスの多様性は、旅行の形態によっても変わります。

団体旅行では、旅行会社などが移動や宿泊、食事、観光施設の利用をあらかじめ組み合わせ、旅行者は決められた旅程に沿って行動することが一般的です。旅行者にとっては、複雑な手配を自分で行わずに済むことや、移動の手順が明確になっていることが利点になります。

一方、個人旅行では、旅行者自身が交通機関を選び、訪問先や食事場所を決め、その場の状況に応じて予定を変更します。利用するサービスは多様になり、予定外の出来事に対応する機会も増えます。

団体旅行であれば、添乗員や旅行会社が案内することで解決できる問題も、個人旅行では旅行者自身が情報を集め、現地で判断しなければならない場合があります。そのため、個人旅行では、交通案内の分かりやすさ、情報の入手しやすさ、予約や変更手続きの柔軟さなどが、特に重要になります。

ただし、個人旅行だから必ず自由を重視する、団体旅行だから必ず丁寧な接客を重視する、と決めつけることはできません。学習を目的とする団体旅行や、特定の活動を中心とする個人旅行など、実際の旅行形態はさまざまです。旅行者の目的や経験によって、求められるサービスは変わります。

サービス提供の条件から観光を考える

サービスの性格を理解するためには、利用者の数、利用頻度、選択の自由度、対人接触の度合いという四つの条件が役立ちます。

利用者の数が多いサービスでは、個々の利用者に合わせた対応よりも、多くの人に共通する手順を整えることが重要になる場合があります。都市部の公共交通機関などでは、一定のルールに基づいて大量の利用者を安全かつ効率的に運ぶことが求められます。

利用頻度もサービスの性格に関係します。日常的に使うサービスでは、利用者は手順に慣れており、速さや使いやすさを重視しやすくなります。一方、旅行先で初めて利用する施設では、利用方法が分かりやすいことや、必要な情報を得られることが重要になります。

選択の自由度が高いサービスでは、利用者が自分の好みに合ったものを選べることが価値になります。旅行先の飲食店や土産品店では、選択肢の豊富さが楽しみにつながることもあります。

対人接触の度合いが高いサービスでは、従業員と利用者のやり取りが経験の質に大きく影響します。タクシーや旅館などでは、利用者の要望を理解し、状況に応じて対応する力が重要になります。

この四つの条件を組み合わせて考えると、観光に関わるサービスを一律の基準で評価することの難しさが分かります。駅の案内表示と旅館の接客では、提供すべき価値も、改善の方法も異なります。それぞれのサービスが置かれた条件を理解することが、適切な評価と改善につながります。

4. 観光者の心理には「緊張感」と「解放感」が同居する

非日常の旅は、楽しいだけではない

旅行は、日常生活から離れて楽しむための活動です。しかし、旅行者の心理は、単純に楽しいという感情だけで説明できません。

前田は、観光者の心理的特徴として「緊張感」と「解放感」という、相反する感覚が同時に高まる点を指摘しています。

知らない土地を訪れると、旅行者は交通機関の利用方法や目的地までの道順、食事場所の選択など、普段とは異なる判断を求められます。言葉や生活習慣が異なる地域では、さらに多くの情報を確認しなければならないこともあります。こうした状況は、旅行者に緊張感を生み出します。

その一方、日常の仕事や家事、人間関係などから一時的に離れることで、気持ちが軽くなり、普段とは違う行動を楽しめるようになります。これが解放感です。

旅行者は、慣れない環境に緊張しながらも、日常では経験できないことに心を躍らせています。観光サービスを考える際には、この二つの心理が同時に存在していることを理解する必要があります。

緊張感が強いときほど、情報と案内が重要になる

個人旅行では、自分で判断しなければならない場面が多いため、旅行者が緊張を感じやすくなります。駅で乗り換え方法が分からない、バスの行き先が理解できない、予約した施設の入口が見つからないといった小さな問題でも、慣れない環境では大きな不安につながることがあります。

このような場面で役立つのが、分かりやすい案内表示、正確な交通情報、利用方法を説明する資料、困ったときに相談できる窓口です。旅行者の緊張を軽減するためには、親切な接客だけでなく、迷いや不安が生じにくい仕組みを整えることも重要になります。

反対に、案内が不十分であったり、情報が複数の場所に分散していたりすると、旅行者は何度も確認しなければならず、旅を楽しむ余裕が失われます。

旅行者が求めるサービスとは、必ずしも従業員が常にそばにいて世話をすることではありません。必要なときに必要な情報が得られ、自分の判断で安心して行動できることも、大切なサービスの一つです。

解放感が強いと、日常とは異なる評価基準が生まれる

旅行中には、普段なら重視することが、必ずしも最優先されなくなる場合があります。

たとえば、日常の食事では価格や効率を重視する人でも、旅行先では珍しい料理や、その土地ならではの食材を選ぶことがあります。美術館や景勝地を訪れた際にも、作品や景観の細かな違いより、「その場所に来られた」という満足感が強くなる場合があります。

また、旅行者は限られた時間の中で行動するため、買い物が計画的なものにならず、現地で目にした商品に興味を持って購入することもあります。土産品の購入では、実用性だけでなく、思い出になることや、誰かに渡したときに喜ばれることが重視されます。

このように、観光者は日常生活とは異なる心理状態にあり、評価の基準も変化しやすくなります。旅行者が何を価値あるものと考えるかを理解するには、日常生活での消費行動をそのまま当てはめるのではなく、旅という特別な状況を考慮する必要があります。

5. 旅の思い出に残るのは、サービスの「量」だけではない

心に残るのは、困ったときに受けた対応

旅行を振り返るとき、人は必ずしも豪華な設備や高価な食事だけを思い出すわけではありません。困ったときに助けてもらったことや、思いがけず親切にされたことが、長く記憶に残る場合があります。

たとえば、旅行中に道に迷った際、地元の人が目的地までの道順を丁寧に教えてくれたとします。その対応は、特別な設備や大きな費用を必要とするものではありません。それでも、旅行者にとっては、不安な状況から抜け出すきっかけとなり、忘れがたい思い出になることがあります。

宿泊施設でも、決められた業務としての応対だけでなく、客の状況に気づいた従業員のさりげない配慮が、強い満足につながることがあります。旅行者は、その行為を単なる業務上の処理ではなく、人間的な温かさとして受け止める場合があるのです。

ここで重要なのは、旅行者がその行為をどのように意味づけるかという点です。提供する側にとっては日常的な対応であっても、旅行者にとっては特別な出来事になることがあります。

「自分たちのためにしてくれた」と感じられること

サービスの満足には、個別化も関係しています。個別化とは、利用者一人ひとりの状況や希望に合わせて対応することです。

たとえば、宿泊施設で、旅行者のために小さな贈り物やメッセージが用意されていたとします。それが利用者の状況に合わせて準備されたものだと感じられれば、「自分たちのことを考えてくれた」という印象が生まれます。

前田は、あらかじめ仕組みとして用意された個別的な配慮を「制度的個別化」として捉えています。これは、担当者のその場限りの気分や善意だけに頼らず、利用者に合わせた対応が生まれるよう、提供の仕組みを整える考え方です。

たとえば、記念日を迎える宿泊客にメッセージを用意する仕組みや、希望に応じて食事内容を選べる制度などが考えられます。利用者にとっては個別的な配慮として感じられますが、提供する側は一定の手順を設けることで、安定して実施できるようになります。

ただし、すべての利用者に特別な演出が喜ばれるとは限りません。個別化の本質は、特別なことを一律に行うのではなく、利用者の状況や希望を理解し、それに合った対応を選ぶことにあります。

業務としてのサービスと、日常的な親切は重なり合う

旅行者が感動する対応は、必ずしも観光事業者の業務として提供されたものだけではありません。地域住民による道案内や、困っている人への手助けなど、日常的な親切が、旅行者にとって「素晴らしいもてなし」として記憶されることもあります。

この点は、観光サービスとホスピタリティの関係を考えるうえで重要です。サービスは、事業として提供される活動や仕組みを含みます。一方、ホスピタリティは、相手を思いやり、自発的に関わろうとする姿勢と結びついています。両者は重なることがありますが、同じものではありません。

ホテルの従業員が業務として荷物を運ぶことと、通りで困っている旅行者に地域住民が自発的に手を差し伸べることでは、行為が生まれる背景が異なります。しかし、旅行者の側から見れば、どちらも安心感や感謝につながり、旅の大切な思い出になる可能性があります。

観光地の魅力を高めるためには、事業者が提供するサービスの質を向上させるだけでなく、旅行者と地域の人々が自然に関わる機会を大切にすることも必要です。

6. 新しいサービスは、なぜすぐに「当たり前」になるのか

新サービスの効果は、いつまでも続くわけではない

観光事業者は、利用者の関心を引き、新たな顧客を獲得するために、さまざまなサービスを導入します。

宿泊施設であれば、無料の送迎、夜食の提供、夕食メニューの選択、館内着の貸し出し、記念品の進呈などが考えられます。こうしたサービスは、旅行者が宿泊施設を選ぶ際の魅力になり、利用者に好印象を与えることがあります。

しかし、新しいサービスが導入されたからといって、その効果が永続するわけではありません。利用者が初めて経験したときには驚きや喜びが生まれても、同じサービスが広く普及すれば、やがて「あって当然」のものとして受け止められるようになります。

無料送迎が珍しかった時代には、それだけで大きな魅力になったとしても、多くの施設が同じサービスを提供するようになれば、利用者はそれを特別な特徴とは考えなくなるかもしれません。さらに、広告や予約サイトで送迎サービスが紹介されていれば、利用者はそれを期待して予約するようになります。

このように、新サービスは、導入当初にはプラスの評価を生みやすい一方、普及するにつれて標準的なサービスへと変化します。サービスを導入することと、その価値を長期的に維持することは、別の課題なのです。

広告やウェブサイトの情報は、利用者の期待をつくる

旅行者は、宿泊施設や観光商品を選ぶ前に、パンフレットやウェブサイト、予約サイトなどから情報を集めます。そこで「無料送迎あり」「夕食メニューを選択可能」といった説明を見れば、それらのサービスを利用できると期待するのは自然なことです。

ところが、実際に訪れてみると、記載されたサービスが提供されていなかったり、利用条件が説明と異なっていたりすれば、不満が生じます。提供者にとっては多くの特徴のうちの一つにすぎなくても、利用者にとっては施設を選ぶ決め手だった可能性があるからです。

たとえば、無料送迎があることを理由に宿泊施設を予約した人にとって、そのサービスは単なる付加価値ではありません。公共交通機関の利用が難しい旅行者や、荷物が多い旅行者にとっては、宿泊先を選ぶための重要な条件になり得ます。

情報発信は、利用者の期待を形成する行為でもあります。事業者には、魅力を伝えるだけでなく、実際に提供できるサービスの内容や条件を正確に説明する責任があります。

小さな欠点が、旅行全体の評価を左右する

サービスに対する満足を考える際には、複数の項目の評価を合計して全体の満足度が決まるという考え方があります。たとえば、料理、部屋、料金、立地、接客などを総合的に評価し、その合計として宿泊施設の満足度を判断する考え方です。これは「補償型モデル」と呼ばれます。

一方、利用者が特に重視している条件が満たされなければ、ほかの項目が優れていても全体の評価が低くなる場合があります。これが「非補償型モデル」です。

たとえば、料理が豪華で部屋も快適だったとしても、旅行者が特に重視していた「静かに休める環境」が確保されていなければ、満足度は大きく下がるかもしれません。あるいは、送迎サービスを利用できることが予約の決め手だった場合、送迎が提供されなければ、ほかの魅力だけでは不満を埋め合わせられないことがあります。

この視点は、観光サービスの改善にとって重要です。施設側が魅力だと考えている項目と、利用者が絶対に譲れない条件が一致しているとは限りません。何が利用者にとって重要なのかを理解し、その条件を確実に満たすことが必要です。

新しいサービスを増やすより、継続して提供できる仕組みをつくる

新しいサービスの導入は、利用者の関心を引くうえで有効です。しかし、導入したサービスを安定して提供できなければ、期待と実際の間にずれが生まれます。

無料送迎を始めたものの、担当する人員が足りず、予約どおりに対応できない。選択できる夕食メニューを増やしたものの、繁忙期には希望どおりの料理を用意できない。こうした状態では、サービスを増やしたことが、かえって不満を生む原因になります。

そのため、観光事業者には、新しいサービスの魅力だけでなく、継続的に提供できる体制を整えることが求められます。人員配置、予約管理、利用条件の説明、繁忙期の対応方法などを含め、サービスを安定して提供するための仕組みを設計する必要があります。

利用者が期待していることを確実に実現することは、派手な新サービスを追加することと同じくらい、場合によってはそれ以上に重要です。

7. 「新しい観光」は、従来のサービスのあり方を問い直す

目的地よりも、そこで何をするかを重視する旅行

観光が大衆化すると、旅行の目的や内容も多様化していきます。従来は、温泉地や有名観光地を訪れ、旅館に泊まり、周辺の名所を見物するという旅行形態が広く見られました。しかし、観光が身近なものになるにつれて、旅行先そのものよりも、そこで何を体験するかを重視する人々が増えてきました。

前田は、こうした多様な旅行形態を「新しい観光」として捉えています。具体的には、自然を楽しむネイチャー・ツーリズムやエコ・ツーリズム、農村の生活や農業を体験するグリーン・ツーリズムやアグリ・ツーリズム、スポーツを楽しむスポーツ・ツーリズムなどが挙げられます。

これらに共通するのは、特定の目的や活動を中心に旅行を組み立てることです。旅行者は、単に観光地を訪問するだけでなく、自分が関心を持つ活動に主体的に参加しようとします。

このような観光では、従来型の観光サービスが必ずしも歓迎されるとは限りません。旅行者は、決められた旅程に従って案内されるよりも、自分のペースで活動したいと考える場合があるからです。

観光客として丁寧に扱われることが、必ずしも望ましいとは限らない

従来型の観光事業では、旅行者を大切な顧客として迎え、丁寧な接客や細やかな世話を行うことが重視されてきました。しかし、新しい観光の参加者には、必要以上に干渉されることを望まず、自分の判断で行動したいと考える人もいます。

たとえば、自然観察を目的とする旅行者は、ガイドによる詳しい説明を歓迎する場合もあれば、静かに自然を観察する時間を重視する場合もあります。農村での滞在を楽しむ旅行者も、地域の人々から積極的に世話を受けたい人と、地域の日常生活を妨げないよう距離を保ちながら体験したい人とに分かれる可能性があります。

このような旅行者に対して、常に親切な声かけや手厚い世話を行えば、必ず満足度が高まるとはいえません。旅行者の主体性を尊重し、必要なときに支援を受けられるようにすることが、適切なサービスになる場合があります。

重要なのは、従来型のサービスをすべて否定することではありません。利用者の目的や状況に合った対応を選び、必要な支援と過剰な干渉を区別することです。

自然や地域の暮らしを尊重することも、観光サービスの条件になる

新しい観光では、旅行者の自由だけでなく、訪問先の環境や地域社会への配慮も重要になります。

たとえば、自然環境を楽しむ旅行では、観光客が増えることによって自然が傷ついたり、野生動物の生活が乱されたりする可能性があります。農村での体験型観光でも、地域の生活習慣や施設の利用方法を理解せずに行動すれば、住民に負担をかけることがあります。

旅行者が快適に過ごせるようにすることは重要ですが、そのために地域の環境や暮らしを犠牲にしてよいわけではありません。観光サービスには、旅行者の希望を満たすことと、訪問先の自然や文化、地域住民の生活を守ることの両方が求められます。

ここから、観光サービスは旅行者だけに向けられたものではないことが分かります。旅行者、サービス提供者、地域住民、自然環境など、複数の主体の関係を考えながら、観光のあり方を設計する必要があるのです。

8. ヘルス・ツーリズムに見る、利用者に合わせたサービス

健康を目的とする旅行は、目的によって形が変わる

新しい観光の一つとして、健康の回復や増進を主な目的とする「ヘルス・ツーリズム」があります。温泉を利用した保養、健康状態の改善を目的とする滞在、美容や体重管理、ストレスの軽減、フィットネスやスポーツなど、健康に関わる旅行は多様です。

前田が紹介しているヘルス・ツーリズムの考え方では、医療や治療に近い活動から、健康増進を目的としたレジャー活動まで、幅広い形態が含まれます。旅行の目的や参加者の状態によって、必要とされる施設やサービスは異なります。

健康回復を目的とする人は、身体の状態に配慮した環境や、専門的な支援を必要とする場合があります。健康維持を目的とする人は、運動施設や自然の中で活動できる環境を重視するかもしれません。休養やストレス軽減を求める人にとっては、静かな環境や自分のペースで過ごせることが重要になるでしょう。

このように、同じ健康目的の旅行であっても、求められるサービスは一様ではありません。旅行者の目的を把握し、それに応じた環境や支援を提供することが重要です。

手厚い接客より、プライバシーが大切な場合もある

ヘルス・ツーリズムでは、利用者への個別的な対応が重要ですが、その個別化は、必ずしも親しげな接客や頻繁な声かけを意味しません。

たとえば、美容や体重管理、体調の改善を目的として滞在する人は、自分の状態や取り組みを他人に知られたくないと考えることがあります。担当者が常に様子を確認するよりも、必要なときに相談でき、普段は干渉されずに過ごせる環境の方が適している場合があります。

これは、サービスの評価が「どれだけ親切に接してもらったか」だけで決まるわけではないことを示しています。利用者が求めているのは、状況によっては、安心して自分の時間を過ごせることや、プライバシーが守られることです。

そのため、施設側は、利用者に対して常に同じように接するのではなく、必要な情報を提供し、利用者が自分で選択できる余地を設けることが大切になります。

配慮を仕組みに組み込むという考え方

利用者への配慮を、担当者の個人的な努力だけに任せるのではなく、施設やサービスの仕組みとして用意する方法もあります。前田は、この考え方を「情緒的サービスの機能化」として捉えています。

たとえば、宿泊施設で一人一室の利用を選べるようにすること、利用者が希望する範囲で健康増進プログラムに参加できるようにすること、相談したいときに専門スタッフへ連絡できる仕組みを設けることなどが考えられます。

こうした仕組みは、従業員が直接世話をする機会を増やさなくても、利用者が安心して過ごせる環境をつくります。配慮を施設や制度に組み込むことで、利用者の選択を尊重しながら、安定したサービスを提供しやすくなるのです。

9. 観光サービスを改善するために必要なこと

利用者を一括りにせず、目的や状況を理解する

観光サービスを改善する際には、利用者を「観光客」という一つの集団として捉えないことが重要です。

家族旅行、個人旅行、学習を目的とする旅行、健康増進を目的とする旅行では、旅行者が重視することが異なります。さらに、同じ目的の旅行であっても、年齢、経験、身体的な条件、文化的背景などによって、必要な支援や望ましい対応は変わります。

そのため、すべての利用者に同じ接客を行うことが、公平で適切なサービスにつながるとは限りません。必要な情報を事前に確認し、利用者が選べる選択肢を用意し、状況に応じて対応を変えられるようにすることが重要です。

従業員の対人理解力を高める

利用者の状況に合ったサービスを提供するためには、現場で対応する従業員の力も重要です。

対人理解力とは、相手の表情や言葉、行動、置かれた状況などを手がかりに、その人が何を必要としているのかを理解しようとする力です。これは、単にマニュアルに書かれた言葉を覚えたり、決められた手順を実行したりすることとは異なります。

たとえば、道に迷っている旅行者に声をかける場合でも、相手が急いでいるのか、詳しい説明を求めているのか、地図を見ながら自分で判断したいのかによって、適切な対応は変わります。

相手を理解するためには、まず他者に関心を持つことが必要です。利用者の反応をよく観察し、必要に応じて質問し、本人の希望を確認する姿勢が求められます。

ただし、従業員の努力だけに頼っていては、安定したサービスの提供は難しくなります。利用者の希望を把握する仕組みや、従業員が状況に応じて判断できる業務体制を整えることも必要です。

サービスの質を、親切さだけで測らない

観光サービスを評価する際には、従業員の笑顔や丁寧な言葉遣いだけに注目しないことも重要です。

利用者が必要な情報を得られたか、予約した内容が正確に提供されたか、安全に移動できたか、プライバシーが守られたか、自分の目的に合った過ごし方ができたかなど、さまざまな側面から評価する必要があります。

親切な接客は重要ですが、それだけでは必要なサービスの欠如を補えないことがあります。逆に、対人接触が少ないサービスでも、利用者が自分の希望どおりに行動でき、必要な支援をいつでも受けられるなら、高い満足につながることがあります。

サービスの質を高めるとは、すべての場面で接客を手厚くすることではありません。利用者の目的に照らして、必要な機能と適切な対応を組み合わせることなのです。

おわりに――観光サービスの本質は、旅行者の経験を理解することにある

観光は、交通、宿泊、飲食、流通、文化施設、娯楽施設など、多様なサービスが組み合わさって成立する「サービス複合事象」です。そのため、観光サービスの質を一つの基準だけで評価することはできません。

旅行者が求めるものは、旅行形態や目的、経験、心理状態によって変わります。知らない土地で不安を感じている人には、分かりやすい案内や確実な情報が必要です。日常から離れて自由に過ごしたい人には、必要以上に干渉しないことが適切なサービスになる場合があります。健康増進を目的とする人には、手厚い接客よりも、プライバシーや自分で選択できる環境が重要になることもあります。

また、新しいサービスは、導入された当初には大きな魅力となっても、普及するにつれて「あって当然」のものへと変化します。広告や案内で示したサービスが提供されなければ、利用者の期待とのずれが生じ、施設全体への評価を下げる可能性があります。だからこそ、サービスを増やすことだけでなく、利用者が本当に重視している条件を理解し、安定して提供できる仕組みを整えることが重要です。

2007年という時点から観光サービスを見直すと、観光の大衆化や旅行形態の多様化が、サービスのあり方を問い直していたことが分かります。観光客を一律に歓迎し、同じように丁寧に扱うだけでは、すべての旅行者の期待に応えられなくなっていたのです。

この問題は、現在の観光にも通じます。旅行者が求めるのは、必ずしも豪華な設備や手厚い接客ではありません。自分の目的に合った体験ができ、必要なときに必要な支援を受けられ、自分らしく過ごせることです。

観光サービスを本当に充実させるためには、提供する側の都合や「よいサービスとはこういうものだ」という固定観念から出発するのではなく、旅行者がどのような経験を求め、何に不安を感じ、何を大切な思い出として持ち帰るのかを理解することが欠かせません。