温泉地の人気は、湯の効能や景色の美しさだけで決まるわけではない。大型旅館で宴会や団体旅行を楽しみたい時代もあれば、静かな宿で地域の食文化や自然を味わいたい時代もある。景気の動向、旅行商品の価格、交通の利便性、宿泊施設の規模、旅行者の価値観など、さまざまな要因が重なり合い、人気の順位を動かしてきた。
温泉地は、単にお湯に入る場所ではない。そこには、旅行会社がどの地域を商品として売り出してきたのか、旅館がどのような旅行者を迎えてきたのか、そして日本人が余暇に何を求めてきたのかが表れている。
前田勇『現代観光のホスピタリティ――サービス理論からのアプローチ』(学文社、2007年)では、1987年から2006年まで続いた「にっぽんの温泉100選」のランキングを分析し、人気温泉地の変化を四つの時期に分けて考察している。約20年間の順位を追うことで、バブル経済とその崩壊、旅行商品の低価格化、観光需要の多様化、そして温泉そのものを気軽に楽しもうとする動きが、温泉地の評価にどのような影響を与えたのかが見えてくる。
ここで重要なのは、ランキングを単なる「有名温泉地の順位表」として読むのではなく、観光産業と消費生活の変化を映し出す歴史資料として読むことである。
1. 「にっぽんの温泉100選」は何を映し出しているのか
旅行会社の評価を通して、温泉地の人気を捉える
「にっぽんの温泉100選」は、観光経済新聞社が1987年から実施・発表してきた温泉地ランキングである。各地の温泉地や旅館を対象とする旅行商品の企画・販売に関わる旅行会社などから投票を集め、順位を決める仕組みが採用されてきた。後年には、インターネットを通じて旅行商品を扱う事業者も対象に加わっている。
このランキングの特徴は、旅行者本人に直接「好きな温泉地」を尋ねる調査とは異なり、旅行商品を企画・販売する側の評価を通して人気を捉えている点にある。
旅行会社は、旅行者がどこに行きたがっているか、どの地域の商品が売りやすいか、どの温泉地に安定した需要があるかといった情報に日常的に接している。そのため、旅行会社の評価には、旅行者の関心だけでなく、旅行商品としての扱いやすさや販売上の魅力も反映される可能性がある。
つまり、ランキングが示しているのは、温泉地そのものの絶対的な優劣ではない。旅行業界の目を通して見た、各時代の温泉地の人気と商品価値である。
この点を理解しておくと、ランキングの変動をより正確に読める。順位が上がったからといって、その温泉の泉質が急に良くなったとは限らない。旅行者の好みが変わったのかもしれないし、旅行商品の販売方法が変わったのかもしれない。逆に、順位が下がった温泉地でも、訪れた人の満足度や地域文化の価値が失われたとは限らない。
約20年間のランキングを比較する意味
1987年から2006年までの約20年間は、日本の観光を取り巻く環境が大きく変化した時期だった。調査の開始時期はバブル経済の末期にあたり、その後、1990年代初めのバブル崩壊、長引く景気低迷、旅行商品の低価格化を経て、2000年代には新しい観光需要が見られるようになった。
同じ温泉地が長く上位を維持していれば、それは一時的な流行だけでは説明できない魅力や、旅行商品としての安定性を持っている可能性がある。一方、特定の時期だけ順位を上げる温泉地は、その時代に求められた旅行スタイルや観光ブームと結びついていたのかもしれない。
長期的なランキングは、こうした違いを見つけるための手がかりになる。温泉地の人気がどのように動いたのかを知ることは、日本人の旅行の好みがどのように変化したのかを考えることでもある。
ランキングは温泉地のすべてを評価するものではない
ただし、人気ランキングには限界もある。温泉地の魅力には、泉質、自然環境、歴史、地域文化、宿泊施設、食事、交通アクセスなど、さまざまな要素が含まれる。ランキングの順位だけで、それらをすべて測ることはできない。
また、旅行会社が評価する温泉地と、個人旅行者が自分の好みで選ぶ温泉地は、必ずしも一致しない。団体旅行やパッケージ旅行に適した地域が高く評価される場合もあれば、個人旅行者が静かに過ごせる小さな温泉地を好む場合もある。
したがって、ランキングは「どこが本当に一番よい温泉地か」を決めるためのものではなく、特定の時代に、どの温泉地が観光市場の中で評価されていたのかを理解するための資料と考えるのが適切である。
2. 第1期・1987~1991年――バブル期の観光を支えた人気温泉地
温泉旅行が、団体旅行や接待旅行と結びついていた時代
1987年に始まったランキングの初期には、バブル経済へと向かう日本の消費社会が背景にあった。企業活動が活発になり、職場や取引先との旅行、招待旅行、接待旅行なども観光需要を支えていた。
こうした旅行では、個人が自由に宿を選ぶ場合とは異なる条件が重視される。多くの人を受け入れられる客室数、宴会場、食事の提供能力、団体客をまとめて案内できる運営体制などである。大人数の旅行を受け入れやすい温泉地は、旅行商品を企画する側にとっても扱いやすかったと考えられる。
温泉地にとっては、湯そのものの魅力に加え、まとまった人数を迎えられる宿泊施設や、旅行会社が商品化しやすい環境が重要だった。人気の背景には、地域の自然や歴史だけでなく、当時の旅行需要に対応できる産業基盤が存在していたのである。
和倉・雲仙・指宿・登別が上位を占めた
初期のランキングでは、和倉温泉、雲仙温泉、指宿温泉、登別温泉が上位を占めた。いずれも全国的に知られた温泉地であり、地域ごとに異なる魅力を持っている。
石川県の和倉温泉は、能登の海辺に位置する温泉地で、海の景観や海産物など、地域資源と宿泊体験を組み合わせやすい。長崎県の雲仙温泉は、火山地形や雲仙の自然環境と結びつき、歴史ある温泉地として知られる。鹿児島県の指宿温泉は、南国的な景観や砂むし温泉などの特徴を持つ。北海道の登別温泉は、多様な泉質と温泉街の規模を背景に、幅広い旅行需要に対応してきた。
これらの温泉地が上位に入ったことは、当時の旅行市場において、全国的な知名度や地域固有の魅力、そして旅行商品としての安定性が重要だったことを示している。
温泉地の人気は、必ずしも一つの特徴だけで決まるものではない。湯の魅力に加えて、旅館やホテルの受け入れ能力、観光地としての知名度、交通や旅行商品の条件などが組み合わさり、旅行会社から評価されていたのである。
古牧温泉が象徴した、ランキングの例外的な存在
初期のランキングを読み解く際に重要なのが、古牧温泉の存在である。古牧温泉は1991年に上位へ登場し、1992年には1位となり、その後2001年まで10年間にわたって首位を独占した。2002年以降は「名誉入選」として扱われたため、時期別の比較では他の温泉地と同じ条件で順位を比較しにくい存在となっている。
このように、ある温泉地が長期にわたって圧倒的な人気を得ると、その存在そのものがランキング全体の見え方を変えてしまう。そこで、他の温泉地の変化を比較する際には、古牧温泉を別扱いにする必要があった。
これはランキング分析において重要な注意点である。順位の変化を公平に比較するには、特別な事情を持つ対象をどのように扱うかを明確にしなければならない。ランキングは数字を並べるだけで完成するものではなく、数字が生まれた条件を理解することで初めて意味を持つ。
3. 第2期・1992~1996年――バブル崩壊後も、人気温泉地はすぐには入れ替わらなかった
価格競争が観光産業にも広がる
1990年代前半、日本経済はバブル崩壊後の局面に入った。流通業界では価格破壊や規制緩和が盛んに論じられ、低価格を重視する動きが観光分野にも広がり始めた。企業による招待旅行や接待旅行も減少し、温泉地を取り巻く需要環境は変化していった。
それまでの観光市場では、団体旅行を企画し、宿泊施設や交通機関をまとめて手配する旅行商品が大きな役割を果たしていた。しかし、企業が旅行に使う費用を抑えるようになると、旅行会社は価格面で競争力のある商品を求められる。宿泊施設も、これまでと同じような料金や運営方法を維持することが難しくなっていった。
一方で、以前から計画されていた大規模テーマパークが開業し、世界遺産に登録された地域なども観光対象として注目を集めた。1995年には阪神・淡路大震災が発生し、観光を含む地域経済に大きな影響を及ぼした。
このように、観光産業を取り巻く状況は大きく変わり始めていたものの、温泉地ランキングの上位には、すぐには大きな変化が現れなかった。
人気の順位は、経済環境が変わっても簡単には動かない
第2期の特徴は、初期に上位だった温泉地が引き続き高い評価を維持したことである。新たに上位に入る温泉地もあったが、全体としては、それまでの人気温泉地の地位が比較的安定していた。
秋保温泉、鬼怒川・川治温泉、下呂温泉などが上位に登場し、上山温泉も上位を維持した。これらの温泉地は、それぞれの地域に根づいた観光地としての知名度や、宿泊客を受け入れる基盤を持っていた。
ここから読み取れるのは、人気には一定の持続性があるということだ。旅行商品の価格が下がり、消費者の行動が変化しても、すでに知られている温泉地がただちに選ばれなくなるわけではない。旅行会社にとって扱いやすく、利用者にも名前が知られ、宿泊施設や観光資源が一定の水準で整っている地域は、環境が変わっても選択肢に残りやすい。
温泉地の人気は、景気の変化に反応する一方で、長年にわたって蓄積された知名度や信頼にも支えられているのである。
4. 第3期・1997~2001年――団体旅行の縮小と、草津・由布院の台頭
旅行の単位が「会社や団体」から「家族や小グループ」へ
1990年代後半も景気低迷は続き、金融機関の破綻など、経済の先行きに対する不安が強まった。観光分野では低価格の旅行商品がさらに広がり、宿泊業の収益を圧迫した。
同時に、国内旅行の形態にも変化が見られた。企業による招待・接待旅行だけでなく、団体旅行全般が減少し、家族や小グループを単位とする旅行が重要になっていった。
大人数で同じ日程を過ごす旅行では、団体を受け入れられる施設の規模や宴会場の有無が重要になる。一方、家族や小グループの旅行では、旅行者自身が行き先や宿泊先を選び、過ごし方を決める余地が大きくなる。旅行の単位が小さくなれば、宿泊施設に求められる条件や、温泉地の魅力の伝え方も変わっていく。
この時期には、長野オリンピックなどの大きなイベントが開催され、国内観光を活性化する施策も進められた。また、自然や健康への関心が広がり、心身をリフレッシュする手段として温泉への注目が高まった。
温泉旅行は、会社の行事や団体旅行の一部としてだけでなく、自分や家族のために休養の時間を確保する旅行としても意味を持つようになっていった。
草津温泉は、短期間で順位を上げた
第3期のランキングでは、登別温泉が引き続き高い評価を受ける一方、草津温泉の急速な順位上昇が目立った。草津は1999年にベストテン入りし、2000年には3位、2001年には2位へと順位を上げている。
草津温泉は、温泉地としての知名度が高く、湯畑を中心とした温泉街の景観や、温泉文化を感じられる地域として知られる。ランキング上昇は、こうした地域の魅力が、変化する旅行者の関心と結びついた可能性を示している。
注目すべきなのは、人気が必ずしも新しい施設の建設や大規模な開発だけによって生まれるわけではないことだ。温泉地固有の景観や文化、地域を歩く楽しさなどが、旅行者の求める経験と結びつけば、既存の観光地が再評価されることもある。
由布院の人気上昇が示した、新しい温泉旅行の可能性
この時期に人気を高めたもう一つの温泉地が、大分県の由布院温泉である。由布院は、初期にはランキングの上位に定着していたわけではなかったが、その後、徐々に評価を高めていった。
由布院の存在は、温泉地の魅力が大規模な宿泊施設の数だけでは決まらないことを示している。温泉地を訪れる人が求めるものは、入浴や宿泊だけではない。地域の景観、落ち着いた滞在、食や文化との出会い、町を歩く時間なども、旅行の満足を構成する。
旅行が団体中心から家族や小グループ中心へと変化するにつれて、旅行者は大人数を受け入れる設備だけでなく、自分たちのペースで過ごせる環境にも価値を見いだすようになった。由布院の人気上昇は、こうした旅行需要の変化と結びつけて考えることができる。
ただし、ランキングだけから、個々の旅行者が由布院を選んだ理由をすべて特定することはできない。読み取れるのは、少なくとも旅行業界の評価において、由布院が存在感を高めていったという事実である。
5. 第4期・2002~2006年――温泉地の魅力が多様化し、小規模施設にも注目が集まる
自然や健康への関心が、温泉旅行を後押しする
2000年代前半は、小泉政権下で構造改革や民営化、情報化が重要な政策課題となった時期である。一方、2001年の米国同時多発テロや、SARSなどの感染症の発生は、国際的な旅行需要に影響を及ぼした。
国内旅行では、団体旅行の減少が続き、家族や小グループを単位とした旅行が重要になった。また、自然や健康への関心が社会的に広がり、温泉は心身を休め、日常生活から離れてリフレッシュする場として注目された。
2005年には中部国際空港が開業し、「愛・地球博」も開催された。景気回復への期待が高まる一方、都市部では大規模な温泉施設が相次いで開業し、温泉を気軽に楽しむ需要も広がった。
温泉の楽しみ方は、必ずしも遠方の温泉地へ泊まりがけで出かけることだけではなくなっていた。身近な場所で入浴を楽しむ需要が広がる一方、旅行として温泉地を訪れる人々は、地域ごとの特色や滞在体験にも目を向けていたのである。
草津・由布院・黒川が上位に進出する
第4期には、ランキングの上位に大きな変化が見られた。草津温泉が1位となり、由布院温泉が3位、熊本県の黒川温泉が4位に入った。
特に注目されるのは、由布院と黒川のように、小規模な宿泊施設を中心とする温泉地が上位に登場したことである。旅行会社の評価においても、巨大な施設で多くの団体客を受け入れる温泉地だけでなく、家族や小グループでの旅行に適した温泉地が重要な位置を占めるようになった。
これは、観光市場における競争の条件が変わりつつあったことを示している。大規模施設には、多数の利用者を受け入れ、幅広いニーズに対応できる強みがある。一方、小規模施設には、地域の景観や雰囲気と調和しやすく、利用者が落ち着いて過ごせるという強みがある。
どちらが優れているかという問題ではない。旅行者が求めるものが多様化すれば、異なる規模や特徴を持つ宿泊施設が、それぞれの魅力を発揮できるようになるのである。
人気温泉地の顔ぶれは、時代の変化を映している
1987年から2006年までを通して、常にベストテン入りした温泉地は、和倉、雲仙、指宿、登別、道後の5か所だった。これらの温泉地は、長期にわたって高い評価を受け続けた。
一方で、草津や由布院、黒川のように、特定の時期に存在感を高めた温泉地もある。長く人気を保つ温泉地と、時代の変化に応じて急速に評価を高める温泉地が並存している点に、ランキングの興味深さがある。
長期間の人気は、単に知名度が高いことだけでなく、地域の特徴を生かしながら、旅行者の期待に応える努力を続けてきた結果とも考えられる。一方、急上昇する温泉地は、その時代の旅行者が求める新しい価値を捉えていた可能性がある。
温泉地の人気は固定されたものではない。歴史ある温泉地が安定した支持を得る一方、旅行者の好みが変わると、新しい魅力を持つ地域が注目を集める。その動きこそが、観光地の歴史を形づくっている。
6. 宿泊施設の規模から見る、温泉地の個性
大規模施設中心型――多くの旅行者を受け入れる力
温泉地の人気を理解するうえで、宿泊施設の構成も重要である。施設の規模や種類によって、受け入れやすい旅行者や旅行形態が異なるからだ。
大規模施設中心型は、客室数100室以上の大型施設が全体の約3割以上を占め、比較的小規模な施設が少ない温泉地を指す。登別温泉、鬼怒川温泉、那智勝浦などが例として挙げられている。
大型施設には、団体旅行や大人数の宿泊に対応しやすいという利点がある。食事や宴会、館内設備などを一か所に集約でき、多様なサービスをまとめて提供しやすい。旅行会社にとっても、一定数の旅行者を受け入れられる施設があることは、商品を企画する際の強みとなる。
ただし、大規模であることが、あらゆる旅行者にとって最良の選択になるわけではない。少人数で静かに過ごしたい人や、地域らしい雰囲気を重視する人にとっては、別のタイプの宿泊施設が魅力的に映ることもある。
大規模から小規模までが共存する温泉地
大規模施設から小規模施設まで幅広くそろっている温泉地は、複合型として分類される。伊香保、草津、伊東、別府などがその例である。
このタイプの温泉地は、旅行者の選択肢が広い。団体旅行に適した大型ホテルもあれば、家族旅行や少人数の滞在に適した旅館もある。旅行者は予算や目的に合わせて宿泊先を選びやすく、温泉地全体として多様な需要に対応できる。
このような多様性は、観光地の持続的な魅力につながる可能性がある。旅行の形態が変わっても、特定の旅行スタイルだけに依存せず、異なる利用者を受け入れる余地があるからだ。
一方で、さまざまな規模の施設が共存することは、地域全体で一貫した魅力を伝える難しさも生む。施設ごとのサービス水準や価格帯が異なるため、温泉地全体としてどのような価値を提供するのかが問われる。
中規模施設型――地域の個性を生かす宿泊環境
中規模施設型は、客室数100室未満で60室以上の比較的大きな施設から小規模施設までで構成される温泉地である。蔵王、塩原、四万、奥飛騨、三朝などが例として挙げられている。
この分類は、施設の規模と構成に注目したものであり、それだけで温泉地の魅力や経営の優劣を判断するものではない。宿泊施設の規模は、温泉地の成り立ちや地域の地形、観光資源、開発の歴史などとも関わっている。
中規模施設を中心とする地域では、大型施設による大量受け入れと、小規模施設による個別性の高い滞在との間で、地域の条件に応じた観光の形が生まれる。重要なのは、施設の大きさそのものではなく、その地域の資源と旅行者のニーズがどのように結びついているかである。
小規模施設型――由布院や黒川が示した価値
小規模施設型は、小さな宿泊施設を中心に構成される温泉地である。分析では、由布院がこのタイプに分類され、黒川温泉も小規模施設型の例として挙げられている。
小規模な宿には、利用者との距離が近く、落ち着いた滞在を提供しやすいという特徴がある。地域の景観や文化と宿泊体験を結びつけやすく、旅行者がその土地ならではの雰囲気を味わうことにもつながる。
もちろん、小規模施設なら必ずサービスがよい、大規模施設なら個性が乏しいという単純な話ではない。小規模施設には受け入れ人数や運営資源の制約があり、大規模施設には安定した設備や幅広いサービスを提供できる強みがある。
ここで重要なのは、宿泊施設の規模と旅行者の期待との関係である。団体旅行が中心の時代には、大型施設を多く持つ温泉地が旅行商品として有利になりやすい。家族や小グループの旅行が重視されるようになると、小規模な宿が持つ魅力も評価されやすくなる。宿泊施設の構成を調べることで、温泉地の人気が変わった背景をより具体的に理解できるのである。
7. 20年間を通して人気を保った温泉地
登別・和倉・指宿・雲仙が示す安定した評価
1987年から2006年までのランキングを総合すると、登別温泉が最上位に位置し、和倉、指宿、雲仙がそれに続いた。これらは、各時期を通して安定した高評価を得てきた温泉地である。
登別温泉は、20年間のランキングでほぼ一貫して高い順位を保った。和倉温泉は初期に5年連続で1位を占め、その後も上位を維持した。指宿温泉も、例外的に順位を下げた年を除けば、長期間にわたってベストテン入りを続けた。雲仙温泉は初期に上位を占めた後、順位を下げる時期があったものの、長い期間にわたって高い評価を受けている。
こうした温泉地に共通するのは、一時的な流行だけでは説明できない継続的な支持である。温泉地としての知名度、地域独自の特徴、宿泊施設の受け入れ能力など、複数の要因が組み合わさって安定した評価につながっていたと考えられる。
山代・道後・下呂・秋保が示す、人気の持続と変動
総合ランキングでは、石川県の山代温泉、愛媛県の道後温泉、岐阜県の下呂温泉、宮城県の秋保温泉なども長期的に高い評価を得た。
道後温泉は、すべての時期でベストテン入りした温泉地の一つであり、長い歴史と地域の観光資源を持つ温泉地が、時代の変化の中でも支持を得てきたことを示している。下呂温泉や秋保温泉も、時期によって順位の上下はあるものの、長期間にわたって上位圏に登場している。
人気を維持することは、単に過去の名声に頼るだけでは難しい。旅行者の関心が変わり、宿泊施設の選択肢が増え、価格競争が進む中で、地域が持つ魅力を伝え続けることが必要になる。
ランキングで長く評価された温泉地は、変化しないから残ったのではなく、固有の魅力を持ちながら、変化する観光市場の中で選ばれ続けた地域として理解できる。
草津と由布院は、人気の変化そのものを示す
長期ランキングでは、草津温泉と由布院温泉の順位上昇も注目される。草津は初期には上位に定着していなかったものの、1990年代末から順位を大きく上げ、2000年代には首位に立つようになった。由布院も、初期の順位は比較的低かったが、後年には上位を維持する存在となった。
この変化は、人気温泉地の顔ぶれが固定されていないことを示している。長い歴史を持つ温泉地が安定した支持を得る一方、時代の旅行者が求める価値と結びついた地域が、新たに注目を集めることもある。
温泉地にとって重要なのは、他地域の成功例をそのまま模倣することではない。自分たちの地域に何があり、それをどのような旅行体験として提供できるのかを考えることである。草津や由布院の順位上昇は、地域固有の魅力が旅行者の期待と結びついたとき、人気の構図が変わりうることを示す事例として読める。
8. 温泉地の人気から考える、観光地づくりの条件
施設の大きさよりも、旅行者の目的との相性が重要になる
温泉地のランキングと宿泊施設の構成をあわせて見ると、観光地づくりに単一の正解はないことがわかる。
大規模施設には、団体客を受け入れ、多様なサービスをまとめて提供できる強みがある。小規模施設には、落ち着いた滞在や地域の個性を伝えやすいという強みがある。複数の規模の施設が共存する温泉地は、さまざまな旅行者のニーズに応えやすい可能性を持つ。
しかし、どのタイプが有利になるかは、旅行者が何を求めるかによって変わる。団体旅行が中心であれば大型施設の受け入れ能力が重要になり、家族や小グループの旅行が増えれば、小規模施設の魅力が注目されやすくなる。
したがって、観光地の将来を考える際には、施設を大きくすること自体を目標にするのではなく、地域が迎えたい旅行者と、その人々に提供できる体験を明確にすることが重要になる。
人気を維持するには、地域の魅力を更新し続ける必要がある
温泉地の人気は、一度獲得すれば永遠に続くものではない。旅行者の好みや社会の状況が変われば、評価されるポイントも変わる。景気の低迷期には価格が重視され、自然や健康への関心が高まる時期には、心身を休められる環境が魅力になる。旅行の単位が小さくなれば、宿泊施設の規模や滞在の自由度も選択の基準になりうる。
このような変化に対応するためには、地域の歴史や文化、自然環境など、もともと持っている資源を理解し、それを現代の旅行者に伝わる形で生かす必要がある。流行しているサービスを導入するだけでは、他の温泉地との差が生まれにくい。地域の特色を保ちながら、利用者が求める体験を提供することが、長期的な魅力につながる。
温泉地は、宿泊施設だけで成立しているのではない
温泉地の魅力は、旅館やホテルの中だけで完結しない。温泉街の景観、飲食店、土産物店、交通、地域の人々との交流、自然環境など、さまざまな要素が旅行者の経験を形づくる。
宿泊施設のサービスが優れていても、温泉街を歩く楽しみが乏しかったり、地域の情報を得にくかったりすれば、旅行全体の満足度は十分に高まらない場合がある。反対に、地域を散策し、土地の食文化や歴史に触れられる環境があれば、宿泊以外の時間も旅行の価値になる。
温泉地を一つの観光地域として考えるなら、宿泊施設の経営だけでなく、地域全体でどのような体験を提供するのかを考える必要がある。地域の事業者や住民が、それぞれの役割を果たしながら魅力をつくり上げていくことが、観光地としての競争力を支えるのである。
9. 歴史の証言として読む――1987~2006年の温泉地ランキングが教えること
バブル期からサービス多様化の時代へ
1987年から2006年までの温泉地ランキングは、日本の観光が団体旅行や大規模施設を中心とする時代から、家族や小グループによる多様な旅行を重視する時代へと移っていく過程を映し出している。
初期には、和倉、雲仙、指宿、登別などの温泉地が上位を占めた。その後、バブル崩壊と価格競争の広がりを経ても、既存の人気温泉地は一定の評価を保った。1990年代後半からは草津や由布院が存在感を高め、2000年代前半には黒川も上位に進出した。こうした動きは、旅行者の関心が変わるにつれて、温泉地に求められる魅力も変化したことを示している。
ただし、ランキングは旅行者全員の好みを直接測ったものではなく、旅行会社などの評価を通して観光市場の動向を捉えた資料である。そのため、順位を温泉地の絶対的な優劣とみなすのではなく、当時の観光産業がどのような地域を評価していたかを示すものとして読む必要がある。
人気は、温泉の魅力と観光市場の条件が重なって生まれる
温泉地が人気を得る背景には、泉質や景観といった地域固有の資源だけでなく、宿泊施設の規模、旅行商品の企画のしやすさ、旅行者の行動様式、景気、価格など、多くの条件がある。
そのため、人気の変化を理解するには、温泉地だけを切り離して見るのではなく、旅行者の暮らしや観光産業全体の変化と結びつけて考えることが大切である。ランキングの順位が上がったときには、何が新たに評価されたのか。長年上位にある地域には、どのような持続的な強みがあるのか。順位が下がった地域では、需要や旅行の形態にどのような変化が起きていたのか。そうした問いを立てることで、数字は観光の歴史を読み解く手がかりになる。
現代の観光地づくりにも通じる教訓
2007年に刊行された研究が対象とする期間は2006年までであり、スマートフォンやSNS、オンライン旅行予約、口コミサイトが現在ほど広く普及する以前の観光市場を扱っている。現在の温泉地の人気を、そのまま当時のランキングから判断することはできない。
それでも、長期的に人気を維持する温泉地と、特定の時期に急速に評価を高める温泉地があるという点は、観光地づくりを考えるうえで示唆的である。人気を長く保つには、知名度だけに頼るのではなく、地域の特徴を生かし、変化する旅行者の期待に応え続ける必要がある。一方で、新たな需要が生まれたときには、従来の大規模施設中心の発想にとらわれず、小規模な宿や地域文化、自然環境などの価値を見直すことも重要になる。
温泉地の魅力は、温泉の湯だけでも、宿泊施設の豪華さだけでも決まらない。地域の資源と旅行者の期待が結びつき、そこに継続的な工夫が加わることで、観光地としての価値が生まれるのである。
