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1. サービス産業の成長は、地域経済をどう変えたのか

日本経済の中心産業は、農業から製造業へ、そしてサービス業へ

2000年代初頭の日本では、産業構造の大きな転換が進んでいた。戦後の高度経済成長期には製造業が雇用と所得を生み出す中心的な役割を担い、その後、経済の成熟とともにサービス産業の存在感が高まっていった。2000年の国勢調査によれば、日本の就業人口に占める第一次産業の割合は5.0%、第二次産業は30.1%、第三次産業は64.9%だった。サービス業だけでも、就業人口の26.8%を占めていた。

産業別の就業人口で最大の産業が移り変わってきた経緯にも、この変化が表れている。全国では1960年まで農業が最大の産業であり、1965年から1990年までは製造業が中心だった。そして1995年以降、サービス業が最大の産業となった。

この変化は、単に人々の仕事が工場から店舗や事務所へ移ったということではない。企業活動を支える情報サービス、設備管理、専門的な調査や設計、医療・福祉、教育、余暇など、社会が必要とする仕事の種類そのものが変わってきたのである。

ただし、全国でサービス産業が拡大しても、すべての地域が同じ形で発展したわけではない。製造業が集積する地域では工場や関連企業が雇用を支え、都市部では金融・保険や専門的な企業向けサービスが発達する。一方、地方では医療・福祉や地域住民向けのサービスが、雇用を生み出す重要な基盤となっていた。

地域経済を理解するには、サービス産業が大きくなったという全国共通の変化だけでなく、どの種類のサービスが、どの地域で、どのような需要に支えられて成長したのかを確かめる必要がある。

佐賀県は、地方経済の変化を考える手掛かりになる

地域ごとのサービス産業の特徴を明らかにするため、佐賀県の動向が全国と比較されている。佐賀県は、東京や大阪のような大都市圏とは異なり、製造業や大企業の本社機能が集積する度合いが比較的小さい地方県である。そのため、サービス産業のなかでも、どの分野が地域の雇用を支えているのかが見えやすい。

2000年の佐賀県では、就業人口に占める第一次産業の割合が11.5%、第二次産業が27.5%、第三次産業が61.0%だった。全国に比べて第一次産業の割合が高く、第二次産業と第三次産業の割合は低かったが、サービス業の構成比そのものは27.0%で、全国の26.8%とほぼ同じだった。

つまり、佐賀県は全国に比べて製造業や大都市型の産業の比重が小さかったものの、サービス業が雇用を支える重要な存在になっていたのである。県内では、1970年代まで農業が最大の産業であり、1980年代には商業、1990年代以降はサービス業が最大の産業となった。全国と同じ方向への変化が、地方でも進んでいた。

しかし、同じ「サービス業」という名前であっても、全国と佐賀県では内部構造が異なっていた。東京などでは情報サービス、広告、金融関連の仕事が集まりやすい。これに対して佐賀県では、医療・福祉などの公共性が高い分野や、企業の業務を外部から支える建物管理・警備・人材派遣などが、地域の雇用にとって重要な役割を果たしていた。

ここに、地域サービス産業を分析する意味がある。全国的な成長産業が、そのまま地方の成長産業になるとは限らない。地域の産業構造や人口、企業の配置、住民が必要とするサービスによって、雇用を生み出す分野は異なるのである。

2. 地方でもサービス業は雇用の受け皿になった

1981年から2001年までに、佐賀県のサービス業従業者は大きく増加した

佐賀県の産業別雇用を1981年から2001年までの20年間で見ると、サービス業の成長が際立っている。事業所統計によれば、佐賀県のサービス業従業者は1981年の約7万7,000人から、2001年には約11万9,000人へと増加した。増加数は約4万2,000人で、伸び率は約1.55倍だった。

同じ期間、佐賀県の非農林水産業全体の従業者数は約33万2,000人から約38万5,000人へと増えた。増加は約5万3,000人だったため、その大部分をサービス業の雇用増が担ったことになる。

全国でも同じ傾向が見られた。サービス業の従業者数は1981年の約1,055万人から2001年には約1,765万人へ増え、約1.67倍になった。サービス業は、全国でも地方でも、製造業や建設業だけでは吸収できなくなった労働力を受け止める重要な産業になっていた。

ただし、雇用が増えた背景は一様ではない。企業が情報処理や建物管理などを外部の専門企業に委託するようになれば、対事業所サービスの仕事が増える。高齢化が進めば、医療や福祉の需要が拡大する。生活様式が変化すれば、外食、コンビニエンスストア、学習塾、娯楽などの雇用が増える。サービス業の雇用増加は、こうした複数の変化が重なった結果だった。

製造業や建設業の停滞を、サービス業が補った

1980年代から2000年代初頭にかけては、製造業や建設業の雇用も大きく変化した。全国の製造業従業者数は、1981年から1991年にかけて増えたものの、2001年には1981年を下回る水準となっていた。佐賀県でも、製造業の従業者数は1981年の約7万2,000人から1991年に約8万1,000人へ増えた後、2001年には約6万8,000人へ減少していた。

建設業も、全国ではバブル経済期に雇用が増えた後、1990年代には不況や公共事業の削減などを背景に減少へ転じた。佐賀県では、農業関連の公共事業への依存度が高かったこともあり、建設業の従業者数は1980年代から減少傾向を示していた。

こうした状況で、サービス業は雇用を支える役割を強めた。工場の生産工程や建設現場の仕事が減少する一方で、医療、福祉、情報サービス、建物管理、警備、人材派遣など、別の分野で仕事が増えていたのである。

もっとも、サービス業の雇用が増えたからといって、製造業で失われた仕事が同じ条件で置き換えられたわけではない。賃金水準、雇用の安定性、必要な技能、労働時間などは業種によって異なる。雇用者数の増加だけで地域経済が健全になったと判断することはできないが、サービス産業が地方の労働市場を支える存在になったことは確かである。

3. サービス産業の内部構造は、地域によって違う

四つの分野に分けると、地域の特徴が見えてくる

サービス産業は、顧客や機能の違いから、大きく四つの分野に分けて考えることができる。

生活関連サービスには、クリーニング、理美容、写真、冠婚葬祭、運転代行などが含まれる。余暇関連サービスには、旅館・ホテル、映画、娯楽施設、スポーツ施設、カラオケ、各種教室などが含まれる。これらは主に個人や家庭を顧客とするサービスであり、住民の生活や余暇の過ごし方に関係している。

対事業所サービスは、企業や官公庁の活動を支える分野である。ソフトウェア、リース、広告、放送、ビルメンテナンス、警備、人材派遣、自動車整備、機械修理、法律・会計・設計などが該当する。これらは企業活動の効率化や専門化と結び付き、大都市に集まりやすい業種も多い。

公共サービスには、医療、福祉、教育、研究機関など、公共性の高い分野が含まれる。公的機関や非営利団体が重要な担い手となり、地域住民の生活を支える基盤として機能する。

2001年の佐賀県のサービス業従業者の構成を見ると、生活関連サービスが9.8%、余暇関連サービスが14.7%、対事業所サービスが31.3%、公共サービスが44.2%だった。公共サービスが最も大きく、次いで対事業所サービスが続いている。

全国的には対事業所サービスが成長するなかで、佐賀県では公共サービスの比重が特に高かった。この違いは、単に県内の企業数が少ないということだけでは説明できない。地域住民が必要とする医療・福祉・教育などの需要があり、それらを支える雇用が地方経済にとって重要になっていたのである。

大都市では企業向けサービス、地方では公共サービスの役割が大きい

サービス産業の地域差を理解するには、業種の構成だけでなく、立地の仕組みも見る必要がある。

情報サービスや広告などは、企業の本社、専門人材、取引先が集まる大都市に立地しやすい。一方、医療・福祉や生活関連サービスは、地域住民の生活に必要なため、人口の分布に応じて各地に存在する必要がある。公共サービスは、人口が少ない地域でも一定の需要があるため、民間企業の採算性だけでは供給の必要性を判断できない。

そのため、サービス業全体の従業者比率が地域間で大きく違わなくても、どの分野が雇用を支えているかは地域によって異なる。サービス業の割合だけを比較しても、地域経済の構造を十分に理解できないのである。

佐賀県の特徴は、企業向けの先端サービスが少ない一方、医療・福祉などの公共性の高いサービスが大きな役割を担っていた点にある。この構造は、地域の雇用の安定性にも影響していた。景気に敏感な企業向けサービスが中心の地域と、人口の高齢化や生活上の必要に支えられる公共サービスが大きい地域では、景気変動に対する反応が異なるからだ。

4. 佐賀県のサービス産業は、どのように成長したのか

生活関連サービスは、日常生活の変化を映し出した

佐賀県のサービス業を細かく見ると、同じサービス産業でも、成長した業種と停滞した業種があることが分かる。

生活関連サービスでは、クリーニング業の雇用が1980年代に大きく増えた。その背景には、クリーニングの取次店が増えたことや、病院などで使うリネン類をまとめて洗濯・管理するリネンサプライ業が発展したことがあった。家庭の家事を代行するサービスや、企業・施設の業務を支えるサービスが、同じ洗濯関連の仕事のなかでも異なる需要を生み出していたのである。

美容業の従業者も、1981年から2001年までに約2,000人から約3,000人へ増加した。また、1990年代後半以降には運転代行業が広がり、個人向けサービスの雇用を押し上げた。自動車を利用する生活や外食・飲酒の習慣など、地域住民の暮らし方が変わると、それに対応するサービスにも新しい仕事が生まれる。

こうした業種は、先端技術や大企業の立地とは異なる仕組みで成長する。地域住民の日々の生活のなかに需要があり、その需要に応える店舗や事業所が増えることで雇用が生まれる。地方のサービス産業を考える際には、全国規模の企業や新技術だけでなく、日常生活の小さな変化にも注目する必要がある。

余暇関連サービスは、バブル期の拡大と不況期の停滞を経験した

余暇関連サービスでは、旅館・ホテル、娯楽施設、ゴルフ場などが時期によって異なる動きを示した。

旅館・宿泊業の従業者は、1980年代後半から1990年代前半にかけて約5,000人から約7,000人へ増えたが、その後は長期不況のなかで減少した。バブル経済期には、旅行やレジャーへの支出が増え、リゾート開発も進んだ。しかし、景気が悪化し、消費者の支出が抑えられると、観光・宿泊関連の需要も影響を受けた。

ゴルフ場などのスポーツ施設では、1980年代に雇用が倍増し、1990年代前半にも増加が続いたものの、その後は減少へ転じた。パチンコ店などの遊技場では、1980年代から1990年代前半まで雇用が増え、その後は横ばいになった。

一方、娯楽業全体の従業者は、1981年の約3,800人から2001年には約7,500人へと増え、20年間でほぼ倍増した。個人教授所の雇用も増加し、そのなかでは学習塾の成長が大きかった。娯楽や教育に対する需要は、景気だけでなく、生活様式、家族の教育観、余暇の過ごし方などによっても変わる。

ここから見えてくるのは、サービス産業の成長が単調な右肩上がりではないということだ。バブル期に急成長した業種が不況期に停滞する一方で、学習塾や日常的な娯楽など、別の需要に支えられた業種が成長する。地域経済の変化は、景気循環と生活様式の変化が重なり合って生まれていた。

対事業所サービスでは、外注化に関連する仕事が増えた

企業向けサービスのなかでは、建物管理、警備、人材派遣・請負などの雇用増が目立った。

佐賀県では、1981年から2001年までに、ビルメンテナンスなどの建物サービスの従業者が約1,500人から約3,700人へ増えた。警備業も約900人から約1,600人へ増加し、人材派遣・請負などを含むその他の事業サービスは約700人から約3,000人へと、4倍以上に拡大した。

こうした成長の背景には、企業が自社内で担っていた仕事を外部の専門業者に委託する動きがあった。建物の清掃・管理、施設警備、従業員の確保、定型的な業務の請負などは、専門企業に委ねることで企業側の管理負担を軽減できる。サービスを提供する側には、新しい受注と雇用が生まれる。

ただし、外注化による雇用増加は、必ずしも経済全体で同じ数だけ新しい仕事が生まれたことを意味しない。企業が直接雇用していた清掃員や警備員が外部企業の従業員になれば、統計上は製造業や商業などの雇用が減り、サービス業の雇用が増えたように見える場合もある。仕事の所属先が変わったのか、仕事そのものが新たに生まれたのかを区別することが大切である。

また、外注化は企業のコスト削減につながる一方、働く人にとっては雇用形態や賃金、雇用の安定性に影響する可能性がある。サービス産業が雇用の受け皿になったことを評価するには、雇用者数だけでなく、どのような条件で働く仕事が増えたのかまで見る必要がある。

5. 高齢化が医療・福祉サービスを成長させた

病院や福祉施設は、地方の雇用を支える重要な存在になった

佐賀県のサービス産業の成長を特徴付けるもう一つの要因が、高齢化である。医療・福祉は、地域住民の健康や生活を支える公共性の高い分野であり、人口構成の変化によって需要が左右される。

佐賀県では、医療・保健関連の従業者が1981年から2001年にかけて大きく増加した。病院は1980年代から雇用増加の中心的な業種であり、1990年代にも成長が続いた。老人福祉、児童福祉、診療所、その他の医療、社会保険・社会福祉なども、時期によって成長業種に加わった。

特に1990年代には、高齢者向けの医療・福祉サービスが雇用を生み出す重要な分野となった。病院だけでなく、老人福祉施設や訪問介護などのサービスが広がることで、地域に必要な仕事が増えたのである。

この成長は、情報サービスや広告のように、企業の本社機能や専門人材の集積によって生まれるものとは性格が異なる。医療・福祉の需要は、地域住民が暮らし続けるために必要なサービスから生まれる。人口が高齢化すれば、医療、介護、生活支援などへの需要が高まるため、地方でも一定の雇用が生まれる。

ただし、需要が増えれば自動的に十分なサービスが提供されるわけではない。医療・福祉の仕事には人材の確保と育成が必要であり、施設や設備を維持する費用もかかる。地域住民が必要とするサービスを継続的に提供するには、働く人の確保、待遇、財源、サービスの質を一体として考える必要がある。

医療・福祉の成長は、地方の経済構造にも影響する

医療・福祉の雇用が増えると、施設で働く人の所得が地域の消費を支え、関連する事業者にも需要が生まれる。病院や福祉施設では、医療機器や介護用品だけでなく、建物管理、洗濯、給食、清掃、設備保守などのサービスも必要になる。医療・福祉は、直接の雇用だけでなく、関連産業を通じても地域経済と結び付いている。

佐賀県でリネンサプライ業の売上が増加したことも、病院などで使うリネン類の需要と関係していた。これは、医療・福祉の拡大が、医療機関の内部だけでなく、周辺のサービス産業にも影響を及ぼすことを示している。

このように、医療・福祉は地域住民の生活を支えるだけでなく、地方経済の雇用基盤にもなっている。特に、製造業や大都市型の企業向けサービスが十分に集積していない地域では、その役割が相対的に大きくなる。

一方で、医療・福祉の雇用を単純に「地域振興の手段」として扱うことには注意が必要である。医療や介護は、地域経済に仕事を生み出すから存在するのではなく、人々の健康や生活を守るために必要なサービスである。経済的な効果は重要だが、サービスの質や利用しやすさ、働く人の条件を犠牲にしてはならない。公共サービスの価値は、雇用や売上だけでは測りきれないのである。

6. バブル経済から長期不況へ――景気によって変わった成長業種

1980年代前半は、病院や生活密着型の業種が雇用を支えた

佐賀県で成長した業種を時期ごとに追うと、経済環境の変化が地域の雇用にどのように反映されたのかが分かる。

1981年から1986年にかけては、国の財政支出を抑制する動きが進み、公共事業の削減などが地域経済に影響を及ぼしていた。こうした時期に、佐賀県で大きく雇用を増やしたのは病院や食品小売、貨物運送などだった。病院では約1,500人、食品小売では約1,350人の雇用が増加した。一般貨物自動車運送業でも約1,000人近い増加があった。

食品スーパーなどの小売業が伸びたことは、生活に身近な消費需要が雇用を生み出していたことを示している。貨物運送業の成長も、商品が生産者から小売店、消費者へと流れる物流の仕組みが発展していたことと関係している。

この時期には、建物サービスも成長業種に入っていた。ビルメンテナンスは、建物を清掃・管理し、設備を維持する仕事である。企業や公共施設が存在する限り必要になる業務であり、地域の施設管理を担うサービスとして、後の時期にも雇用を増やしていく。

バブル経済期には、レジャーと企業向けサービスが拡大した

1986年から1991年にかけては、バブル経済期に当たる。この時期、佐賀県では雇用を増やした業種が増え、飲食料品の小売、貨物運送、病院などに加えて、銀行、生命保険、旅館、ゴルフ場、不動産賃貸などが成長した。

景気の拡大によって企業活動が活発になると、金融、保険、不動産などの取引が増える。また、所得や消費の拡大は、宿泊やレジャー関連の需要を押し上げる。バブル期の雇用増には、こうした経済環境が反映されていた。

対事業所サービスでも、人材派遣・請負などの事業サービスや、土木建築サービスが成長業種になった。企業の活動が活発になると、事業を支える専門サービスや外注先への需要も増えるのである。

ただし、全国と佐賀県では、成長の中心となる業種に違いがあった。全国では情報サービス業が急成長し、1986年から1991年にかけて従業者が約32万人増えた。情報サービス業は大都市への集中が強い分野だったため、佐賀県では同じ規模の成長は見られなかった。

同じ景気拡大の時期でも、どの産業が集積しているかによって、地域が受ける恩恵は違ってくる。全国的な成長産業が、地方に同じだけの雇用をもたらすとは限らないのである。

1990年代前半は、不況下でも医療・福祉などが成長した

1991年以降、バブル経済は崩壊し、日本経済は長期不況に入った。全国ではサービス業の雇用増加が続いたものの、バブル期と比べると増加の勢いは弱まった。

ところが佐賀県では、1991年から1996年にかけてのサービス業の従業者増加数が、1986年から1991年にかけての増加数を上回っていた。全国ではバブル期の増加がより大きかったのに対し、佐賀県では不況期の増加の方が大きかったのである。

この違いには、佐賀県の産業構造が関係していた。第一に、医療・福祉などの公共サービスが大きな比重を占めていた。高齢化が進むと、病院や老人福祉、その他の医療、訪問介護などの需要が増える。景気が悪化しても、こうしたサービスへの必要性は簡単にはなくならない。

第二に、佐賀県の企業向けサービスでは、情報サービスや広告といった先端的な業種よりも、建物管理、人材派遣・請負、警備などの外注化関連業種の比重が高かった。企業が不況下で経費削減を進めると、業務を外部委託する動きが強まる場合があり、こうした分野で雇用が増えることがあった。

この時期には、医療・福祉、規制緩和の影響を受けた小売業、外注化に関係するサービスなどが成長した。全国と地方では、サービス業の雇用増加を支える仕組みが異なっていたのである。

1990年代後半には、生活様式の変化と医療・福祉が成長を支えた

1996年から2001年にかけては、1997~1998年の金融危機を含む不況期だった。佐賀県では、前の時期と比べて、一定規模以上の雇用増加を示す業種が少なくなった。

そのなかでも、老人福祉、その他の医療、児童福祉、病院、診療所、社会保険・社会福祉など、医療・福祉に関連する業種は引き続き成長していた。建物サービスや人材派遣・請負などの外注化関連業種も、雇用増を支えた。

一方、食堂・レストラン、食品小売、コンビニエンスストアなど、日常の消費生活に関わる業種も成長した。これらは、買い物や食事の仕方が変わり、生活の利便性を求める需要が増えていたことと関係している。インターネット接続やサーバー関連のサービスなど、新しい情報通信サービスも登場していた。

この時期の佐賀県では、医療・福祉、外注化関連、生活様式の変化に対応するサービスが雇用を支えていた。全国では情報サービス業が大きく成長していたが、佐賀県では同じような拡大は見られなかった。

20年間の推移を振り返ると、地方のサービス産業は、景気が良いときに伸びる業種だけで構成されていたわけではない。医療・福祉のように人口構成に影響される業種、外注化のように企業の経営行動に影響される業種、外食や小売のように生活様式の変化を反映する業種が、時期ごとに異なる組み合わせで雇用を生み出していた。

7. 売上高から見る、地域サービス産業の成長と限界

佐賀県でも、民間サービスの売上は拡大した

雇用者数だけでなく、売上高を見ると、地域サービス産業の成長を別の角度から理解できる。1989年から1999年にかけて、全国の民間営利サービス業では、生活関連サービスの売上高が約6.7兆円から約11.8兆円へ、余暇関連サービスが約27.8兆円から約48.6兆円へ、対事業所サービスが約45.3兆円から約91.6兆円へ増加した。

この間、対事業所サービスの売上高は約2倍になっていた。企業活動を支えるサービスが拡大し、サービス産業が日本経済のなかで重要性を増していたことが分かる。

佐賀県でも売上高は増加した。生活関連サービスは1989年の約321億円から1999年には約585億円へ、余暇関連サービスは約1,295億円から約2,900億円へ拡大した。対事業所サービスも約1,055億円から約2,000億円を超える水準へと成長した。

ただし、佐賀県の対事業所サービスの伸びは全国よりも小さかった。情報サービスや広告など、全国的に売上高が大きく伸びた業種が、佐賀県では十分に集積していなかったことが背景にある。サービス業全体が成長しても、全国市場を対象とする高付加価値の業種が地方で同じように発達するとは限らなかった。

売上高は、雇用者数と同じ動きをするとは限らない

売上高と雇用者数を比べることも重要である。売上高が増えても、業務の効率化によって従業者数があまり増えない場合がある。反対に、人手を多く必要とするサービスでは、売上高の伸び以上に雇用が増えることもある。

例えば、医療・福祉では、利用者への直接的な支援に人手が必要になるため、需要の増加が雇用増に結び付きやすい。一方、情報サービスでは、ソフトウェアやシステムの開発によって高い売上を実現しても、売上高と従業者数が比例して増えるとは限らない。

佐賀県のサービス産業でも、業種によって売上高の伸び方は異なっていた。余暇関連サービスでは、旅館・宿泊業や娯楽業の売上高が増加した後、1990年代後半には停滞する動きが見られた。対事業所サービスでも、情報サービス業の売上高は1989年から1994年にかけて大きく伸びたが、その後は伸びが鈍化した。

したがって、地域サービス産業の成長を評価する際には、売上高、雇用者数、賃金、仕事の質などを組み合わせて考える必要がある。売上高の増加が、そのまま地域住民の所得や雇用の改善につながるとは限らないからだ。

8. 地域サービス産業を育てるには何が必要か

全国の成長産業を誘致するだけでは、地域の発展につながらない

佐賀県の事例から明らかになるのは、地域経済の発展を考える際に、全国的な成長産業の動向だけを追っても不十分だということだ。

情報サービスや広告などの業種は、専門人材、取引先、企業の本社機能が集まる大都市に立地しやすい。そのため、全国的に急成長しているからといって、地方にも同じ規模で雇用が生まれるとは限らない。地方が大都市型の産業を育成するには、人材の確保、顧客の獲得、企業間ネットワークの形成など、長期的な取り組みが必要になる。

他方、地方には、地域住民の生活や人口構成に支えられた需要がある。医療・福祉、教育、生活関連サービス、観光、物流、施設管理などは、地域の暮らしや産業活動を支える仕事である。こうした分野を地域の実情に合わせて育てることも、サービス産業政策の重要な課題になる。

また、地域内の企業が外部のサービス企業に依存している場合には、地域内でどのような業務を担えるのかを検討することもできる。製造業の集積がある地域なら、設備保守や機械修理、設計などの関連サービスを育てる余地がある。医療・福祉施設が多い地域なら、給食、洗濯、建物管理、介護用品などの周辺サービスを通じて、地域内の取引を広げられる可能性がある。

重要なのは、どの地域にも同じ産業をつくることではない。地域の需要、産業構造、人口の変化を踏まえて、継続的な仕事が生まれる条件を整えることである。

公共サービスは、地域間格差を和らげる役割を持つ

地域サービス産業の展開を考えるうえで、特に重要なのが公共サービスである。医療、福祉、教育などは、地域住民の生活を支えるために必要なサービスであり、企業の採算性だけでは供給の必要性を判断できない。

大都市では企業向けサービスが集積しやすいが、地方ではそのような産業が十分に育たない場合がある。その一方で、地方にも高齢者や子ども、医療・福祉の支援を必要とする人々が暮らしている。地域住民が必要とする公共サービスを維持・拡充することは、生活の質を守るだけでなく、雇用を支える役割も果たす。

佐賀県では、医療・福祉を中心とする公共サービスの比重が大きかったため、バブル期のように企業向けサービスが急成長する局面では全国より雇用の伸びが小さかった一方、1990年代の長期不況下では全国より雇用増加が大きくなる局面があった。公共サービスが地域の雇用を支える仕組みは、景気変動の影響を緩和する一つの要因になっていたのである。

ただし、公共サービスの拡充は、雇用を増やすためだけに行うものではない。医療や福祉が地域に十分に存在することは、住民が安心して暮らし続けるための条件である。公共サービスを地域経済の観点から評価する場合にも、住民の必要を満たしているか、利用しやすいか、働く人を確保できているかという本来の目的を見失ってはならない。

9. 歴史的な意味――地域の雇用を支えるサービス産業の役割

サービス産業の成長は、地域ごとに異なる形で進んだ

1981年から2001年にかけての佐賀県の変化は、日本のサービス経済化が一様な現象ではなかったことを示している。

全国では情報サービス、広告、リースなどの企業向けサービスが拡大し、大都市に集中する専門的な仕事が成長した。一方、佐賀県では、医療・福祉をはじめとする公共サービス、建物管理や警備などの外注化関連業種、生活様式の変化に対応した小売・外食・娯楽などが雇用を支えていた。

この違いは、地方が全国的な経済成長から取り残されていたことだけを意味するわけではない。地域には地域なりの需要があり、その需要に応えるサービスが成長していた。しかし、情報サービスなどの高付加価値分野が十分に集積しない場合、全国的な成長産業が生み出す利益や専門的な雇用を、地方が同じように獲得することは難しい。

地域間格差を考えるには、サービス業の規模だけでなく、どのような産業が成長し、どのような仕事が増えたのかを見る必要がある。産業の構成が違えば、景気変動への強さも、雇用の質も、地域に残る所得も異なるからである。

地域の発展には、公共サービスと民間サービスの両方が必要になる

地方経済を支えるためには、民間サービスの成長と公共サービスの充実を対立するものとして捉えないことが重要である。企業向けサービスや観光、生活関連サービスが地域に新しい仕事を生み出す一方で、医療・福祉・教育などの公共サービスは、住民が安心して暮らし、働き続けるための基盤となる。

公共サービスが充実した地域では、住民の生活を支える仕事が生まれ、施設管理や給食、洗濯、機器保守などの関連産業にも需要が生まれる。民間サービスが地域内で成長すれば、企業や施設の活動を支え、地域内の取引が広がる可能性もある。両者は互いに無関係なのではなく、地域の生活と経済を通じて結び付いている。

もちろん、公共サービスの拡充には財源が必要であり、民間サービスの育成にも人材や顧客の確保が欠かせない。単に事業所数を増やすことや、一時的な補助金で企業を誘致することだけでは、継続的な発展は難しい。地域住民が必要とするサービスを提供し、働く人が確保され、地域内の企業や施設との取引が続く仕組みをつくることが求められる。

サービス産業政策は、地域の生活基盤をどう整えるかという問題でもある

佐賀県の事例から導かれる重要な教訓は、地域間の経済格差を是正するためには、全国的な成長産業を追いかけるだけでなく、地域の生活を支える公共サービスを充実させることが有効だという点である。

サービス産業は、単に製造業の代わりに雇用を生み出す産業ではない。人々が暮らすために必要な医療、福祉、教育、交通、生活支援を提供し、企業の生産活動を支え、地域の所得と消費を循環させる役割を持っている。サービス産業をどう育てるかという問題は、地域の暮らしをどう維持し、どのような仕事を地域に残すかという問題でもある。

2000年代初頭の佐賀県で観察された変化は、その後の日本社会を考えるうえでも意味を持つ。高齢化が進む地域では医療・福祉への需要が増える一方、若年人口の減少や人材不足がサービスの提供を難しくする可能性がある。デジタル技術によって遠隔地からサービスを提供できるようになっても、地域で人が支え合う必要がなくなるわけではない。

地域サービス産業の発展を評価するには、雇用者数や売上高だけでなく、必要なサービスが地域に行き渡っているか、働く人が安定して仕事を続けられるか、地域内で専門的な能力が育っているかを見なければならない。全国一律の成長モデルを地方に当てはめるのではなく、それぞれの地域の産業構造と生活上の必要に即して、民間サービスと公共サービスの双方を育てていくことが、持続的な地域経済への道となる。