コミュニケーションを理解するには、コミュニケーションがどのような要素によって構成されているか考えてみるとよい。
原初的モデル
古代ギリシャ時代に、アリストテレスは「修辞学」の中で、コミュニケーションには送り手と受け手とメッセージの三つの要素があると指摘している。この考えの基礎にはコミュニケーションはメッセージの伝達である、との考え方がある。
シャノン・ウィーバーのモデル
これを体系づけて初めて公にしたのはシャノン(C. Shannon)とウィーバー(W. Weaver)のコミュニケーションの数学的理論である。二人は発表当時(1949年)、ベル電話会社研究所の所員で、電話の仕組みを基に、コミュニケーションのモデルを考えた。簡単に言えば、電話の受話器を取って発した言葉が-記号化され、電話会社のいろいろな機械を経て解読された音声が相手に達する仕組みが、人間の日常のコミュニケーションと同じと考えたのである。これはたしかに電話だけでなく、ふつうの二人の人間の聞のコミュニケーションにおいても同じことが言える。自分の口が送信機で空気というチャンネルを通じて音波として相手の受信機である耳の中へ入っていくわけである。
シャノンとウィーバーの二人の研究は第二次世界大戦中から行われていたわけで、二人のコミュニケーション理論の基本にはいかに正確にメッセージを相手に伝えるかという考えがある。その証拠に、このモデルの中には当時の電話にしばしば発生した通話中の雑音や混線などの要素が入っている。ノイズがメッセージの送信と受信との聞にしばしば介在していた。これは発信者にとって意図していなかった信号である。これは電話の場合だけでなく、日常の生活の中でも見られる現象である。教室で学生が講師の話よりももっと楽しいことにふけって話を注意深く聞いていないのも広い意味でのノイズである。具体的に学生同士が授業中におしゃべりをするのももちろんノイズになる。このようにシャノンとウィーバーの理論は電話の仕組みを基礎におきながらも非常に応用性のある理論で、日常の種々のコミュニケーションの事例に当てはまる。
フィードバック理論
しかし、この理論にはひとつ大きな欠陥がある。それはあまりにも線的なモデルであり、フィードバックの考え方が入っていないことである。このモデルによると、送り手はいつも送り手であり、受け手はいつも受け手の立場になってしまう。現実のコミュニケーションの場では、そのような固定された形はむしろ珍しいわけである。しかし、二人の理論はコミュニケーションの形態を考える基本的な考えを示した点で大いに評価され得る。この後、いろいろな研究者がこれを出発点として改良モデルを考えていくきっかけになったことを考えれば、二人の理論はいまでは伝統的なモデルと言えよう。コミュニケーション・モデルは抽象的で、現実の複雑なコミュニケーション現象を単純化しているために、そこに落差があることはいなめない。しかし、さまざまなコミュニケーション上の問題点を整理して考えるのに役に立つことは明らかである。
シャノンとウィーバーの伝統的なコミュニケーション・モデルは、一方的に他者からメッセージを受けること、あるいは一方的に他者ヘメッセージを送ることがコミュニケーションであるとの考え方に基づいている。その意味では「情報源→メッセージ→受け手」モデル、あるいは「情報源→メッセージ→チャンネル→受け手」モデルと言える。受け手が受け手1、受け手2、受け手3…と多数であっても、基本的には情報の一方通行である点では変わりはない。受け手個々人の接触態度の多様性とか、情報の受け手過程の多様性などが十分配慮されていない。
そこで、この点を改良しようとする研究者が少しずつ出現してきた。そのひとつの例はウェスリー(Bruce Westley)とマックリーン(Malcolm MacLean)のフィードバックの理論である。両者が強調している点は、われわれがマス・メディアから得るものは、それを得る前の段階で、いろいろな個人や組織の関門を経ているということである。
ひとつのできごとや情報源は観察者(あるいは解釈者・翻訳者)AからB、Cへと伝わっていくが、BからAへ、CからAへの反応を伴いながら前へ進んでいる。つまりA、B、Cはそれぞれ関門者であるゲートキーパーで、情報はゲートキーパーのつながりの中で先へ進んでいく。例えばある記事が読者に達する過程では、まず記者自身が情報選択の判断を行うという意味でゲートキーパーである。
しかし、その記事を受け取った編集デスクはそれを紙面に載せるかどうかという判断をする意味で別のゲートキーパーである。さらに整理部記者はその記事にどのような大きさの見出しをつけたらよいか考える意味でゲートキーパーである。この二人の理論の中にはフィードバックの考えも含まれている。情報源に対して受け手が反応し、打ち返すことによって送り手の行為が修正される場合もあるかもしれないからである。送り手も受け手からのフィードバックで影響を受ける場合がある。
オズグッドの理論
一人の人聞が外から情報を受信し、それに反応し、同じ人聞が外へ向かって発信する仕組みを明らかにしたのがオズグッド(Richard E. Osgood)である。彼は、メッセージとは「送り手単位の全出力(反応)のうち、受け手単位に対する全入力(刺激)の一部であり得る部分」である、と述べている。まず外からのメッセージが感覚神経や知覚器官という受信機を通して受け手に入り、理解される。これを基に、運動神経組織などの発信機を通して新たなメッセージが外へ出力していくわけである。
モザイック・モデル
シャノンとウィーバーの線的なモデルも、ウェスリーとマックリーン以後のフィードバック・モデルも、根本的には情報やメッセージの伝達がコミュニケーションであるという考えに基づいている。その情報やメッセージはどの受け手に対しても同じように受け入れられるという前提に立っている。ところが現実には同じ情報を入手しても、人によって異なる解釈をする場合がある。情報の受け入れは受け手の主体性にかかっている。そういう意味で、受け手に主軸をおいたコミュニケーション理論を展開しようとしている研究者もいる。その一例としてベッカー(Samuel Baker)のモザイック・モデルがある。
一般に他のモデルでは発信源を中心においているのに対して、モザイック・モデルでは受け手を中心にすえている。受け手は単なる情報の受け手ではなく「参画者」であるとの考えである。このモデルは、人は多様な情報源から得られた数多くの情報の断片をモザイック的に構成して意味を把握するという考えである。
TVのナレーション(語り)は映像や音響が入ることによって受け取るイメージが変わってくる。受け手が映像だけから構成する意味づけは、音響が入ったものから構成する意味づけとは異なる。情報の断片が多ければ多いほど、寄せ木細工のように多様なモザイックが構成される。同じ情報を与えても、受け取る人々によって意味合いが異なるのは、他から得られる情報の断片が人によって異なるからである。人によっては過去のある情報断片がいま入手した情報断片と相互作用していく。新しい経験が古い経験をよみがえらせることがある。現在と過去が相互作用する。人々が同じ情報断片を入手しても解釈を異にするのは、現在と過去との相互作用があるからである。従来のモデルは、コミュニケーションはメッセージを伝達する、という前提に立っていたのに対して、モザイック・モデルは、受け手が得た、選択した幅広い情報を基にメッセージの意味を自ら構成していく、という考えである。
意味は人が与えてくれるのではなく、自分で築き上げる。長い間の多くの断片的な情報の蓄積から、人々の世界への信念、信条ができてくる。意味は静的ではなく、 新しい関連の情報が蓄積されることによって発展していく。
このようにモザイック・モデルの考え方は、コミュニケーションは送り手主体よりも、受け手が参画者として入 ってくるからこそ成り立つというのである。 人は各種の情報の断片を組み立てて意味づけする。 事実とは認識であ り、経験の解釈である。 それは他者の経験の枠組に一部基づいてもいる。
そもそもコミュニケーション理論の研究はコミュニケーション・シンボルが相手にどれだけ正確に伝わるかとい 技術面からとか、どれだけ正確に理解されるかという意味論の面からとか、また相手の行動にどれだけ影響を与 えられるかとの面から、展開されてきた。いずれも現実の複雑なコミュニケーションの実態に一歩でも近づいた理 論を構築しようとする試みで、これからも先人の理論を踏まえて新たな研究が進むことであろう。
