第二次大戦後、日本に入ってきた外来語のなかで、マスコミという言葉ほど、急速に普及し定着したものも少ないであろう。マスコミとは、マス・コミュニケーション(mass communication)の略であるが、マス・メディア(mass media)の意味にも用いられている。同じような意味で戦前に使われたのは、古くは「操組界」であり、しばらくしてそれは「ジャーナリズム」という呼びかたに変わった。しかし、戦前派であるこの二つの言葉は、いずれも、一般国民がふだん使う日用語にはならなかった。それは、知識人たちの用語だったのであり、今日も生きている「ジャーナリズム」という言葉は、依然としてそうである。
これに反して「マスコミ」のほうは、老若男女、知識人たると否とを問わず、日常使われている。このことは、現代におけるマス・コミュニケーションという問題を考える場合、かなり重要な手がかりになるのではあるまいか。たしかに、ジャーナリズムよりもマスコミのほうが口あたりのいい言葉には違いないが、それだけでただちに国民の日常語になるわけはない。それよりも、むしろ言葉の背後にある状況に目を向けねばならないだろう。すなわち、それは、一口にいってコミュニケーション・メディアのいちじるしい大衆化である。そもそもマス(mass)という言葉には大量とか大衆とかいう意味があるが、その場合の「大衆」というのは、支配者とか知識人などの概念に必ずしも対抗するものではなく、むしろ一般国民といった概念に近い。そうして、戦後は、こうした一般国民をひろく対象とする情報伝達がきわめて活発になった。
もちろん、戦前においても、日刊新聞やラジオが対象としていたのは一部の階層や特定のグループではなかった。その意味で、それらも明らかにマス・メディアだったのではあるが、にもかかわらず全般的には、今日みられるような、国民のほとんどすべてを包みこんで成立するようなコミュニケーション状況ではなかった。そして、とくにわが国においては、その社会的・文化的後進性から、一方で知識人と大衆、他方でアカデミズムとジャーナリズムというコミュニケーション・ギャップがはっきりと存在していたのである。いうまでもなく、マス・メディアとは、国民的スケールのメディアばかりを指すわけではない。しかし、典型的なマス・メディアが、テレビ・ラジオをはじめ、日刊新聞・週刊誌等を意味していることは間違いなかろう。そして、マス・メディアが国民のなかに融けこみ、それらを重要・不可欠の媒介として成立している社会的コミュニケーション状況は、まさしく現代の特色といえるであろう。もちろん、それは最近にいたって突如現出した状況でもないし、現代世界のどこにおいても一様に見られる光景でもない。ウィルバー・シュラムは次のように言っている。「マス・コミュニケーションはいつ始まったのであろうか。通常は、十五世紀のヨーロッパで金属製の活字を用いる自動印刷が始まった時とされているが、実はその起源はもっと以前にさかのぼり、そしてまたその全盛期はもっと時代を下る。
錯覚と疎外
わが国のマスコミは明治維新とともにスタートを切り、短時日のあいだに急速な発達をとげた。日本の新聞・雑誌・ラジオ等は、戦前すでにかなりの水準に達していたといえる。今日のアジア・アフリカ等発展途上地域の国々で、戦前の日本程度にマスコミが普及しているところは決して多錯覚と疎外とくない。しかし、これらの国々もそうだが、戦前の日本では、マスコミと大衆とのあいだには、現実的にも心理的にも、大きな距離があった。一般大衆にとって、マス・メディアはいわば無縁の遠い存在だったのである。ところが、戦後におけるテレピの出現は、この状況を一気に変えた。テレビこそ、ある意味でジャーナリズムを「マスコミ」 に変身させた張本人といえよう。いままで、マス・メディアにはほとんど関係のなかった人々さえ、テレピは吸収してしまったのである。
かくて、今やマスコミと大衆とは、まさに揮然一体化したかのようにみえる。だが、メディアと受け手大衆との距離は本当に短縮されたであろうか。マスコミの受け手(読者や視聴者)が膨大になればなるほど、そのメディア(媒体)は高度に機械的となり、その組織は一般国民にとって近づきがたい存在となる。にもかかわらず、自分の手のとどくところにあるようなイメージを、受け手大衆はいだいている。
国民娯楽の代表が映画であった時代、スターは文字どおり手のとどかない天上の「星」なのであった。しかし、今日のタレントは、視聴者の目の前にいる存在である。これは錯覚であり、疑似イメージであるのだが、そのような錯覚が国民的規模で存在しているところに、発達したマス・コミュニケーション社会の大きな特徴がある。マスコミの発達によって、たしかに世界は小さくなった。「地球は電気によって縮められて、ひとつの村落になった」のである。人々の思想や行動様式・趣味・娯楽・風俗にいたるまで、一見、非常な近似性をもつようになった。60年代から70年代にかけて、スチューデント・パワーからハイジャックまで、その真因は別にあるとしても、短時日のうちにそれらを世界的「流行」にしたのはマスコミであった。だが、そのような類似性・画一性にもかかわらず、今日ほど人々の心が離ればなれになっている時代もあるまい。それは、マスコミの発達している地域において、とくにみられるところである。情報化社会と呼ばれる現代は、人々の心を冷たくさせ、人間関係には重大な危機がおとずれているように思われる。それは、いったいなぜなのであろうか。
コミュニケートすることが、文字どおり、お互いの心をかよわせることであるならば、その発達が錯覚を日常化させたり、人間疎外を決定的にするはずはないであろう。もちろん、現代のひずみのすべてを、マスコミに負わせることは、明らかに酷である。問題は、そのようにマスコミを機能させる現代社会の構造にある、といえるであろう。その関連を明らかにすることは、現代史の重要課題といって差支えあるまい。
その自由と責任
今日、マス・コミュニケーションは、われわれの生活のすべての領域を扱い、きわめて大きな影響を与えている。それは深刻な国際問題から身近や衣食住までカバーしている。その意味で、たしかに、マスコミを除いて現代を語ることはできないであろう。マスコミが、とりわけ現代生活にとって重要な意味をもつのは、それが国民のもっとも大切な情報源として機能しているからである。好むと否とにかかわらず、マスコミはまた現代社会の神経組織である。したがって、マスコミのゆがみや狂いは、ほとんどそのまま、社会のそれとなる。
いまから、第二次世界大戦前のアメリカで国民を恐怖のドン底におとしいれる事件が生じた。1938年10月30日の日曜日、CBSラジオは、午後8時から、H・G・ウェルズ作の『宇宙戦争』を電波に乗せた。その演出にあたったのは、オーソン・ウェルズであったが、この放送劇にあまりにも迫真性をもたせたために、多数のアメリカ人は、本当に火星人が地球に侵入したと思いこみ、ニューヨークをはじめ、各地で大混乱をひきおこした。いわゆる火星人襲来事件というのがこれであるが、当時、ヒトラーの支配下にあったナチス・ドイツは、この事件を最大限に利用し、自由主義国のデタラメさと非科学性の証拠として、これを全世界に宣伝した。たしかに、マス・メディアが、大向こうの喝采を博すことだけに憂身をやつす場合、思わざる事態をひきおこすという点で、この事件は教訓的である。しかし、本当に国民を悲劇の奈落につき落したのは、ナチスのマスコミではなかったか。マスコミの国民に対するもっとも大きな責任は、権力や暴力に向かって、あくまでも毅然たる態度でのぞむことではなかろうか。マスコミが権力や暴力に屈するときから、国民の不幸は始まる。だが、現代において特徴的なことは、いわゆる権力現象が必ずしも国家ばかりにともなうわけではない、ということである。現代における言論の自由の困難さは、むしろそこにあるといえよう。と同時に、巨大な組織に発達したマスコミが、それ自身、ひとつの権力となったことも忘れてはならない。もちろん、その権力性は国家的なそれと本質を異にするけれども、一般国民に対する関係では、やはり圧倒的に強力な立場にあることは否定できない。この意味において、現代のマス・メディアは、権力から国民を守るとともに、自らもまた国民の基本的人権を尊重するという二重の責任を負わされている、といえよう。
現代におけるマス・コミュニケーション現象のもう一つの大きな特徴は、その国際性と多チャンネル化にある。放送衛星の打ち上げ以来、情報は容易に国境を越えることになった。また、通信衛星によるCSデジタル放送時代の到来に象徴されるように、マス・コミュニケーションのメディア(手段)は限りなく増大しつつある。さらに、パーソナル・コンピュータの普及と発達により、マス・メディア以外にも情報を容易・迅速に入手し伝達することができるようになり、コミュニケーション状況はまさに一変しつつある。しかし、それも本格的な新情報化時代への一つの通過点に過ぎないのであろう。
